第12話 残念美人と筋肉紳士


 四日目。


 一晩寝て心はスッキリ! メンタルブレイクを回復した私達はモリモリ朝食を食べていた。うむ、異世界でも目玉焼きはうましっ! しかし、なにを置いても元気力の源は肉である。大皿の豚肉っぽい肉にフォークを伸ばす。


「なに!?」


 が、目の前でかっさらわれる。


「ちょっと修二! その肉は私んだ! 返しなさいよ!」

「悪いな、早い者勝ちだ。他にも食べるものはいくらでもあるだろ? 健康的にサラダでも食べたらどうだ?」

「なんだとーっ!?」

「せ、聖女様! 今、おかわりをお持ちしますから落ち着いてください!」


 私達は席を立って戦闘状況だったが、メイドさんの声を聞いてあきらめた。チッ、覚えておけよ。食べ物の恨みはこわいんだかんな!



  ◇ ◇ ◇



 元気の源を補充した私達の行く先は昨日ぶりな鍛錬場である。うん、昨日は結局あの後なにもできなかったからね。バーバラさんはメンタルブレイクしてたし、ガランさんもみんなの混乱を収めるのにてんやわんやだった。


「おう、来たか」


 鍛錬場に着くと、ガランさんが先に来ていた。


「お待たせしました」


 軽く挨拶を交わすが、ガランさんの声にいつもの元気力が足りない。


「ガランさん、疲れてますか?」


 同じことに気付いたらしい修二が問いかけた。


「昨日の後始末でちょっとな」


 ガランさんは困ったように苦笑した。


「えっと、なんというか、すいません」


 私達が原因なのは間違いないので謝った。あれだけの騒ぎになったのだ。見た人全員の質問に答えるだけで一苦労だったろう。


「気にするな。悪いのは教え方をミスった俺達だしな」


 しかし、ガランさんは恨み言の一つも言わずこの反応である。ホントにあんたいい男だよ。大人だよ。筋肉おっさんだけど。


「そんなことはないですけど」


 修二は笑って否定しながら、周囲を見渡している。


「そのもう一人の先生は?」


 続けられた修司の問いに、ガランさんはバリバリと短い黒髪をかきむしった。


「たぶん、研究室だな。まったく昨日も後始末もしないで困ったもんだ」

「研究室?」

「ああ。あいつは魔法のことになるとある意味バカだからな」


 そんな会話をしていれば、王城と逆方向から誰かが近付いてきた。長い青髪のシルエットからバーバラさんだろうとあたりがついたが、近付いてくると違和感に気付いた。まず手に漬物石みたいなでっかい石を持ってる。それはまだいいにして、キレイでセクシーだった紫色の御髪はボサボサ。目の下にはくま。顔色も悪い。あれ? 昨日までの美人なお姉さんはどこに行った?


「バーバラ、お前大丈夫か?」


 さっきまでバーバラさんに恨み言を言ってたガランさんも開口一番心配をしてしまうほどの体たらくである。


「ええ、もちろん大丈夫よ」


 セリフだけ取れば頼もしいが、表情と口調はなんというか……飛ぶぞ?


「さて、それじゃあ勇者様、聖女様」

「ヒッ!?」


 徹夜のテンション? もしくはあやしいおクスリ? そんな感じで血走った目で詰め寄らないで! コワイコワイ!


「このルトゥムに魔法を撃ちこんでもらいましょうか」


 しかし、私の怯えなんて無視してバーバラさんはグイグイ両手に抱えた漬物石を押し付けてくる。なに!? なになになにっ!?!? 


「ガ、ガランさんから魔法を禁止されてますから」


 修二がバーバラさんの前に立って、両手でドウドウと待ったをかける。


「アア!? ガラン!?」


 するとバーバラさんのターゲットがガランさんに移った。よ、よし。よくやった修二。今日ばかりはほめてつかわす。こわかったよー。ソフィアちゃんがいないから、かわりに修二の背中でがまんしておく。


「ちょいと落ち着け、バーバラ」

「これが落ち着いていられるか!」


 ヒエエー、口調まで変貌していらっしゃる。


「シュージや嬢ちゃんに説明もなしじゃ、話が進まんぞ」

「マナが無いのに魔法を使ったのよ!?」


 う、うん。会話のキャッチボールというよりドッジボール。


「あー、すまん。最初に謝っとくぞ」

「いいから二人に魔法を使わせなさい!」


 烈火のごとく怒り狂うバーバラさんにガランさんが近付く。お、おおう。さすが脳みそ筋肉。私達よりよっぽど勇者でいらっしゃる。


「ピェッ!?」


 って、ええ!? 

 抱きついた! というか抱きしめた! ガランさんが、バーバラさんを!


「な、ななななななにするのよっ!?」


 当然の如く、バーバラさんはガランさんを突き飛ばした。筋肉紳士あらため、変態筋肉は押されるがままにバーバラさんからはなれる。み、見損なったぞ! 見た目はともかく中身はイケメンだと思ってたのに!


「すこしは落ち着いたか?」

「あ、へ? え?」


 しかし、なんと効果てきめん。会話にならなかったバーバラさんとコミュニケーションが成立した。え? どゆこと?


「引きこもりのこいつはあーなると止まらないからな。免疫のないこれで止めるのが一番手っ取り早いんだ」

「だ、誰が免疫無いのよ!」


 ……バーバラさんぇ。この人、最初はあやしくも美しい、まさに魔女っていう感じの美人さんだったのに、知れば知るほど残念さが増してないか? 

 いや、待て。こんな見るからにセクシーなお姉さんなのに、実はそういうことに免疫がないなんて! 推せる!


「お前の守備範囲も大概すごいよな」

「かわいいに区別はないんだよ、修二」

「はいはい」


 なんだ? その適当な返事は。これだからアマチュアは。


「で? シュージ達の魔法についてわかったのか?」

「ま、まずは抱きついたこと、謝りなさいよっ!」

「あー、悪かったな。反省してる」

「反省してるなら抱きつくのをやめなさい! そう言いながら何回目よ?!」

「そうだな、すまん。俺が悪かった」


 ほら見ろ。セクシーお姉さんのこんなの、かわいいに決まってるじゃないか。しかし、会話から想像するにバーバラさんがこうなるたびに、ガランさんあんなことをしてるのか。なんという役得。いや、もしくは役損? どっちにしろ、全面的に謝罪をしている姿はとても好感が持てる。一瞬でも疑って悪かった。やっぱりあんた筋肉紳士だよ。

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