第9話 これが現実

 三日目の午後。

 

 私達は、異世界生活ではじめて城を出た。なぜかって? 王様がつけてくれた騎士団長と宮廷魔導士の指導を受けるためだ。

 騎士団長と宮廷魔導士。そう、私の騎士様と魔法使い様。

 白馬の王子様はいなかったけれど、私には白馬の騎士様が待っている。待ってて、私の騎士様。今、あなたのヒロインが会いにうかがいます。


「キョウ様?」

「ああ、例の病気だ。気にしないでくれ」


 うるさい。エセ主人公は黙ってろ。



   ◇◇◇



「シュージは剣を振ったことがないのか?」

「日本で剣なんか持ってたら捕まりますよ」

「なんだそりゃ? そんなんじゃ強くなれねえぞ!」


 ダーハッハという豪快な笑い声と、バンバン修司の背をたたく音が響き渡る。

 ……おっさんだった。まごうことなきおっさんだった。

 毎朝そることなんて考えもしたことがないであろう無精ひげ。

 歴戦の戦士を思わせるゴリッゴリのゴツイ顔。

 鎧を着ててもわかる鍛え抜かれたムッキムキボディ。

 三十万を数えるという王国騎士団の団長に相応しい年季を感じさせるその姿に、私は魂の涙を流した。

 わかってた。わかってたよ!

 実際に騎士団長なんていうものがいれば、こーいうオッサンになるかもしれないなんてことは。

 それでも。それでも異世界でくらい、夢見させてくれたっていいじゃないっ。


「嬢ちゃん、どうした? 宴会の夜と違って元気ないじゃねえか」


 おっさんは真正面から私の顔色を伺ってくる。それでわかったが、このおっさん宴会の時の紳士……とは間違っても言えないがハンカチのおっさんだった。無精ひげのせいでわからなかった。


「あなたが無作法すぎるから呆気に取られてるんでしょ」


 私の騎士様じゃなかった騎士団長を見ていれば、セクシーボイスが助け舟を出してくれた。宮廷魔導士のバーバラさんだ。

 黒ロープに黒い三角帽という見るからに魔女な妙齢の美人さん。そう美人のお姉さんだ。まごうことなき美人のお姉さん。

 なんで騎士団長はイケメン度ゼロの筋肉なのに、こっちはちゃんと異世界夢見仕様なんだ。異世界なのに世の中が不公平だ。私はここに男女平等をうったえるっ!


「なに言ってんだ。引きこもりのお前さんは知らんだろうが、このお嬢ちゃんの飲みっぷりったらそりゃもう見事なもんだったんだぞ」

「え? あなたもこのバカ側の人間なわけ?」


 筋肉の説明にバーバラさんが私から距離を取った。やめろ! 初対面のお姉さんに私の妙なイメージを植え付けるな! 私は元来慎まやかでおとなしい乙女なんだ!


「違います。お酒を飲むのははじめてだったので、つい酔い過ぎてしまって」

「そうなの?」

「そうなのか?」

「そうなんです」


 疑問顔の二人に私は神妙にうなづく。両手で口を押えるバカを殴りたいところではあるが、今は慎まやかな乙女なので我慢せざるをえない。修二、後で殺す。


「まあ、なにはともあれ特訓だ」


 見た目通り細かいことを気にしない筋肉さんの切り替えは早かった。


「そうね。それじゃ、最初はマナについて教えましょうか」

「なに言ってんだ? 最初は走り込みに決まってるだろ」


 そして見た目通りの脳筋だった。


「あなたこそ何を言ってるの? マナが使えなきゃ身体強化もできないじゃない。走り込みだって、マナを教えてからした方がいいに決まってるでしょ」

「チッチッチ。これだから魔導士はわかってねーんだ。マナだって無限じゃない。マナに頼って戦ってれば、マナが切れた時になにもできないデクの棒のできあがりだ。そうならないように、最初はマナを使わないで体を鍛えるに限る」

「これだから脳筋の騎士共は……! マナ切れを起こすリスクを減らすために、普段からマナを使ってマナの許容量を上げるのよ。そのためにはできるだけ早くマナを使い始める必要があるの」

「ふん。どんだけ鍛えようがマナ容量には限界があるんだろ? その点、筋肉に限界はない。つけちまえすれば筋肉が無くなることはない。筋肉は嘘をつかん」

「筋肉だって使えば疲労するでしょうが、この筋肉バカ!」


 お、おおうっ。まさに火と油。筋肉こと騎士団長のガランさんと宮廷魔導士のバーバラさんは真っ向から教育方針で対立した。その勢いたるや今にもこの場でガチンコバトルを始めんばかりだ。


「やれやれ、どーしたもんかね」


 地面に座り込んだ修司は、肘をついた手にあごをのせてぼやいた。


「どーもこーも、どうしようもなくない? 私はあれに飛び込むのはかんべんよ」

「賛成。やけどじゃすまなそうだ。しかし、かといって放っておいたらこの場でバトリ始めそうじゃないか?」

「たしかに。でも、それはそれで見てみたいかも。騎士団長と宮廷魔導士の戦いよ?」

「あーそう言われれば下手な教えより勉強になるかもな」


 修二は納得したように賛同したが、ふと思い出したように神妙な声音になった。


「いや、でも絵面ヤバくないか?」

「絵面?」

「魔法で距離を取るバーバラさんに攻め込むガランさん想像してみ」


 逃げる美人お姉さんを襲撃する筋肉髭だるま。


「それ、なんて犯罪?」

「ですよねー」


 修二は半笑いでコクコク頷く。


「もー、筋肉バカとは話にならないから嫌なのよ!」

「ふん、どっちがだガリ勉バカ!」


 修二とバカ話をしてる間にも言い争ってた二人は、予想通りに決裂した。


「剣を取りなさい! マナと筋肉! どっちが優れてるか実際に証明したげようじゃない!」

「それはできんな」


 と思ったら、まさかの筋肉側からストップがかかった。


「はぁ!? こんだけ言っときながら怖いわけ!?」

「別に怖かないが、あいにく女相手に抜く剣は持ち合わせてない」

「へー? 女相手に勝負はできないっていうの?」

「そうじゃない。万が一にも女に傷なんてつけられんし、守るべきものに向ける刃もないってだけだ」


 お、おお。見た目も言葉遣いもおっさんだが、言うことは実にイケメンな騎士道だ。惜しい。実に惜しい。なんでこれで、見た目がイケメンな私のヒーローじゃないんだっ!

 私はじたんだを踏むが、バーバラさんも毒気を抜かれたらしい。呆気に取られたように口を開いた後に、その口から大きく息を吐きだした。


「そーですかそーですか。それじゃなに? 結局勇者様達の訓練はどうするわけ?」

「俺達じゃ決められないんだ。となれば、当人達に決めてもらうしかないだろ」


 あっけからんとおっさんは言った。確かに一理ある。このおっさん、見た目、言動はまんま脳筋おっさんなくせに、話は筋道が立ってる。こんな見た目でもさすが騎士団長様なのかもしれない。バーバラさんもどの口でと悔しそうにしながらも、ガランさんの言ってることがもっともなので反論はできない。


「ということですので、勇者様と聖女様。あなた達は魔法の源たるマナと体力トレーニング。どちらから始めたいですか?」


 あきらめたバーバラさんは私達に聞いてきた。う、うん。理屈はわかるけど、さっきのを見せられた後に私達にふられてもこまる。

 と思ったけど、問いかけた後はガランさんもバーバラさんも自分の意見をゴリ押ししてこなかった。ガランさんを見てみれば、まるで好きにしろよとでも言うように優しく笑った。本当に性格はイケメンなんだよな。いや、大人なのか。

 さて、どうしたものかと修二を見れば、こっちも好きにしろよと言わんばかりに笑った。


「好きにしろよ。お前が選んだことに文句なんて言わねーから」

「おいバカ。女子に投げる奴があるか」

「そうか? それなら俺が決めていいのか?」

「うるさいバカ、黙れ」

「理不尽すぎだろ」


 そんな風に言いながら楽しげなのがムカついたので、一発みまっておいた。

 やれやれ。バカは頼りにならないから決めてしまうとしよう。

 と言っても、考えるまでもないか。


「マナからでお願いします」


 か弱い乙女たるもの剣より魔法。

 まあ、女なのに剣で強いってのも憧れるけど、純粋に筋トレ・走り込みは嫌だ。なんで異世界でそんなことしなくちゃいけないんだ。マナとやらで楽するにかぎる! 純粋に魔法ってワクワクするしね。


「わかりました」

「嬢ちゃんが言うならしかたねーな」


 バーバラさんは満足そうに、ガランさんはやれやれといった感じでうなづいてくれた。


「聖女様の仰せのままに」


 おのれ、まだ言うか。からかうバカには二発目だ。

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