第7話 推し活

 三日目の午前。


 私達は人のいいおじさんこと王様に面会を求めた。理由は簡単。この世界のことやら必要なことをなんにも説明されていないからだ。まったく王様、歓迎してくれていい人なのはわかるけど、そういうところもしっかりしてくれないと困るよー。

 ん、いや説明されたんだっけ? でも修二も聞きたいことがあるって言ってたから、説明されてないんだろう、たぶん。

 ということで、最初に召喚された謁見の間的な部屋に向かったんだけど。


「すいません、勇者様。こちらで少々お待ちください」


 衛兵さんに別室にお通しされた。うん、あんなんでも一応王様。すぐに会えるほど暇じゃないらしい。

 しかし、今さらだけど鎧を着た衛兵さんときましたかー。この待合室もまんま西洋のお城。そこの暖炉もいい味を出してましてよ? うーん、私ってば本当に異世界にいるんだな。これから心躍る冒険が始まる期待に胸がドキドキ。

 それでいて、メイドさんが入れてくれる紅茶もこのお菓子も最高なんじゃー。イヤシミンまで補充されるなんて異世界最高かよ。もうこの異世界沼から抜け出せない。さようなら前世、こんにちは異世界。私は隣の世界がいいので、隣の世界の子になります。


「失礼」「失礼します」


 どっぷり満足感に浸かっていれば、さらなる癒し。私が愛してやまないかわい子ちゃんが部屋に入ってきた。ギュってされたい騎士のお姉様も一緒だ。というか、騎士のお姉様が先に入ってきて、かわい子ちゃんはその背中に隠れてる。よきよき。お姉様の背中をギュッとつかんで、顔だけのぞかせてる姿も小動物感があってかわいさ二倍。もう最高過ぎてイヤシミンX。

 ちなみにどうして隠れてるかは気にしない。私を見て、より一層お姉様の後ろに隠れたのもきっと気のせい。そうに違いない。そういうことにしよう。

 近付かないよ? ギュってしないよ? だから、もっとそのかわいらしい姿を見せて? おとといのあれはお酒のせいで、本当の私じゃないの。


「おはようございます、ステラさん、ソフィアちゃん」

「ああ、おはよう。修司」

「おはようございます、修司さん」


 修司が二人に挨拶をした。そういえばこいつがいた。せっかくの異世界なのに、嫌と言うほど見慣れた顔がいるせいでどうも浸りきれない。帰ってくれないかな?

そう横顔を見てれば、こういう時だけ鋭いバカが振り向いた。なので、私は顔を正面に向け直す。


「おはよう! ステラさん、ソフィアちゃん!」

「あ、ああ。おはよう、杏」

「お、おはようございます、杏さん」


 あれ? 同じ挨拶なのに、全然違って聞こえるのは気のせいかな? 気のせいだよね? 二人とも一瞬口ごもった気がするけど、そんなことないよね?

 グヌヌ。修司には気軽な感じだったのに、私にこんな感じだなんて異世界がおかしい。いや、違う。せっかくの異世界なのに、このバカがいるのが悪いんだ。これは私の異世界召喚物語だぞ。バカはお呼びじゃないから帰れ。

 スッ。サッ。呪いを込めてにらんでいれば、また振り向いてきたので、目線を戻す。するとイヤシミンX。うーん、かわいいヒロイン。凛々しい女騎士。ドキドキワクワクな冒険に、あとはイケメンなヒーローがいれば完璧だ。イケメンヒーロー。

 スッと隣を見るとバカが振り向くから、サッと目線を戻す。


「さっきからなんだよ?」

「なんでも。せっかくの異世界召喚なのに、なんであんたがなんて思ってないよ」

「思ってないことを口にする意味とは?」


 言いがかりをつけてくるバカとにらみ合う。なんだ、やるか?


「フフッ」


 バカといつも通りのやり取りをしていると、いつもは聞こえてこない軽やかな笑い声が聞こえてきた。その違和感に目を向ければ、かわい子ちゃんは花のような笑いを抑えてごめんなさいと頭を下げた。


「本当に勇者様達は仲がいいんですね」

「「よくない」」


 二人同時に否定すれば、かわい子ちゃんはまたも鈴を転がすように笑った。……むぅ。不満が顔に出たのか。かわい子ちゃんは首を振って、また謝る。


「ごめんなさい。羨ましくて」

「羨ましい?」


 予想外の言葉に首をひねる。


「私には、そんな風に言い合えるお友達、いませんから」


 かわい子ちゃんは微笑む。どこか寂しそうな影をのぞかせながら。その表情はこんんなきゃわたんなのに、まるで深窓のお姫様のよう。い、いじらしい。


「キャッ」

「き、貴様、また!」

「大丈夫だよ! 今から私が友達だからね!」


 思いよ届けとばかりに抱きしめる。頭半分ほど低い位置にあるかわい子ちゃんの顔を至近距離から見て、私はできるだけやさしく笑いかける。ぽかんとした顔は、やがておかしそうに、少し嬉しそうに笑って。


「はい。ありがとうございます」


 やさしい力で、はじめてぎゅっと抱きしめ返してくれた。きゃ、きゃわわ! 私はもっといっぱいぎゅってした。



  ◇ ◇ ◇



「「おはようございます、王様」」

「あ、ああ。おはよう。修二、杏」


 礼儀作法とかわからないからできるだけていねいに頭を下げたんだけど、王様はなぜかどもりながら目をそらした。主に私から。なんだ! 一昨日のことか!? 王様ともあろうものが過去のことを引きずるとは、なんて器のせまい!


「それで修二。聞きたいことがあるそうじゃが」


 王様は私の不満顔を無視して、修司に話しかけた。誠にいかんである。


「はい。大切なことを聞いてなかったと思いまして」


 そうだそうだ! 私達はなんのために召喚されたんだ!

 なんてすてきに異世界生活だから文句はないとはいえ、説明くらいほしいぞ!


「どうすれば元の世界へ帰れますか?」

「は?」


 イミフ過ぎて、首を捻りながら修司を見た。ええ、見ましたとも。


「帰る? 修司は一体何を言ってるの?」

「いや、普通帰るだろ」


 当たり前のようにバカなことを言う。さすが生粋のバカだ。こいつどうしてやろうか。いや、待て。これは私の異世界召喚物語。こいつはよけいでおじゃまなおまけのこぶA。なんだ、好都合じゃない。


「うん、オッケー。確かに修司は帰った方がいい。すぐに帰り方を教えてもらおう、そうしよう」

「いや、お前も一緒に帰るんだよ。久子さん達も心配するだろ」

「うっ!」


 こ、こいつはー! ここでママの名前出す、ふつう? 私の異世界召喚の目の上のたんこぶだと思ってはいたが、存在だけじゃなく発言までなんて異世界バスターなんだ。即刻私の異世界転移譚からご退場いただきたい。


「ここにいると来週の五箇条先生の活躍も見れないぞ」

「今帰ろう。すぐ帰ろう。いや待て、来週の月曜まで異世界ライフを満喫してから帰ろう」

「勇者殿!?」


 私の英断に、王様ことおっさんがさけんだ。


「ゆ、勇者殿。魔王を退治してくださるのでは」


 ええい、そんな目で見るな! おっさんの涙目なんて一円の価値もないんだぞ!


「王様。あなた達が大変なことはわかってる。叶うことなら私だって力になりたい。でも考えてみてほしい。私達にだって大切な家族がいるの。その大切な人達を心配させたままで、あなた達の力になることなんてできない」


 おっさんの涙目を振り切るため、推しの活躍を見守るため、私は説得の言葉を並べ立てた。推しの活躍はリアルタイム視聴が責務。こんなことに関わっている暇はない。隣で修司が、お前どの口で言ってんだとかボソリと言ってきた気がするが、知ったことではない。そもそもの言い出しっぺはあんただぞ。


「そ、それはそうかもしれんが」


 人のいいおっさんである王様は言葉に詰まる。よし、もう一押しだな。


「そうですよね」


 追撃の言葉を投げかけようとしたところで、風鈴のように悲し気な声が鳴った。


「キョウ様達にだって、大切なご家族がいらっしゃいますよね」


 うっ! おっさんの後方を見れば、かわい子ちゃんが涙をにじませながら健気に微笑んでいた。おっさんの涙目なんて百個並んでても胸が痛まないが、かわい子ちゃんの涙目はそれだけで破壊力抜群だ。うう、そんな目で私を見ないで!

 隣からもあーあ、なんてふざけた声が聞こえた。お前はどっちの味方だ!


「キョウ様達の都合も顧みず、勝手に召喚して申し訳ありませんでした」


 あげく、かわい子ちゃんは責任を感じて謝ってくる。うう、かわい子ちゃんな上にいい子ちゃんだ。満点だよぉ、この子。

 五箇条先生、かわい子ちゃん。かわい子ちゃん、五箇条先生。五箇条先生、かわい子ちゃん。かわい子ちゃん、五箇条先生。うがーっ!


「ううん。そんなことないよ。私はソフィアちゃんと会えて本当に嬉しいから」


 こんな胸おどる異世界で、こんなかわい子と出会えたんだ。本当にうれしい。うそじゃない。本心だってヴァ!


「でも、ご家族が」

「だいじょーぶ! 家族とは魔王を退治した後だって会えるもん」


 うん。気にならないって言えばうそになるけど、二度と会えないわけじゃないし。五箇条先生だって……五箇条先生だって! に、二度と会えないわけじゃないもん! うう、リアタイ視聴。

 元の世界への未練に後ろ髪を引かれていれば、ソフィアちゃんは気づかわし気に私を見ている。ええいっ!


「友達が困ってるんだから助けるよ。当たり前じゃん」

「キョウ様……っ」


 ニッコリ笑えば、ソフィアちゃんが泣きそうになるから、私はダッシュで抱きしめに走る。かわい子ちゃんの涙を拭くのは私の役目だ。ほっとけない。

 抱きしめてヨシヨシ、白くて本当に絹みたいな髪を撫でる。はあーイヤシミンマックス。うん、こんな子を放っておけるわけがない。ああ、でも五箇条先生。

 癒しと満足感と気がかり。それでも私は間違ってないって手の中のぬくもりに思っていれば、くしゃりと頭を撫でられる感覚。久しぶりなようなそうでもないような、この感触は。


「なんだよ。さわんないでよね」

「はいはい。悪うございましたね」


 口ではそう言うくせに、バカはすぐに私の頭から手を離さなかった。うん、今度お返しに頭にうめぼしをお見舞いしてやろう。

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