第5話 王城の夜はよっぱらい
「ビールはお口に合いませんでしたか?」
修二にうめぼしこと両手で頭サンドイッチぐりぐりでの報復を企てていると、耳に優しい声が聞こえてきた。かわい子ちゃんだー!
「ヒッ!」
反射的に抱きつきそうになるけど、そんな私を見てかわいい子ちゃんが体をこわばらせた。おっと危ないせっかく近付いてきてくれたんだ。つらいけど、ここはグッと我慢の子。最初は我慢して、いずれなついてくれたら愛でるんだ。ウヘヘッ。
「悪い。この通りバカは押さえとくから気にしないでくれ」
修二が私の手首をつかんで、腹立たしい苦笑を浮かべた。
「グッ!?」
だから私は自由な足の方で修二の足を踏みつけておいた。
「おまえな……」
「なによ?」
「……なんでもない」
わかればよろしい。バカのしつけがすんだことに頷いていると、かわいい子ちゃんがまさに鈴が転がるような笑い声をもらしていた。
「お二人は本当に仲がいいんですね」
「「いや、ないない」」
否定の声が被った。それが恥ずかしくて、踏みつけ攻撃第二弾を行った。しかし、修二に避けられた。
こいつ、生意気な! 踏みつけようとする私の足と、それを避ける修二の足がタップダンス。すると、またかわいい子ちゃんの忍び笑いが聞こえてきたので私は攻撃を諦めた。チッ、命拾いしたな。
「それで、どうしたんですか?」
修二がかわいい子ちゃんに問いかけるが、息が乱れてるのでなんかまぬけだ。プークスクス。
「あ、はい。ビールがお口に合わなかったようですので、こちらをどうかなと思いまして」
きゃ、きゃわわ! かわいくて、やさしいなんて、もうがまんできん!
「あ、おいっ!」
「キャアッ!?」
「よしよし」
修二の手を振りほどいて、かわい子ちゃんを抱きしめる。驚いたその反応もキュートですぞ。あーあー、こんなに身をこわばらせちゃって。申し訳ない。ほーら、大丈夫だよー?
「あ……」
優しく髪を梳くように撫でると、次第にかわいい子の体から力が抜けていく。むぅー、本当にかわいいな。
「わるいな。驚かせて」
かわいい子を撫でてイヤシミン(私的いやし成分。特許申請中)を補充していると、見慣れた顔が見慣れない笑顔で目線を下げてきた。なんだ、あんたのうさんくさい笑顔なんかじゃ、この癒しの代わりにはならないんだぞ。
「きみがかわいいから暴走してるだけで害はないはず。だから、嫌じゃなければ許してやってくれると助かる」
違和感満点。手練れの詐欺師張りに好青年の顔を張り付けたバカの笑顔である。それを見たかわい子ちゃんは、あ、いえと声を迷わせる。
「嫌がってるわけじゃないんです。はじめてのことだったので、おどろいてしまっただけで」
かわい子は照れたようにはにかむ。きゃ、きゃわわーっ! その笑顔も百点満点っ!
「キャッ」
一層強く抱き寄せるとかわい子ちゃんは悲鳴を上げる。おどろかせて申し訳ないけど、その声もきゃわわ。あーかわいいがメルトダウンするんじゃー。
「おまえなぁ」
バカが呆れたような顔をするが知ったことか。かわいいは大正義。ゆずれない。異論も認めない。
「ひゃっ?」
ポンとかわい子ちゃんの頭にバカの手が載せられて、かわい子ちゃんがまたも驚きに声をもらした。あ、こら。
「悪いな。バカだけど、悪い奴じゃないから嫌わないでやってくれると助かる。このバカはあんたのことが大好きみたいだから」
ぽんぽんとかわい子ちゃんの頭をあやすように叩いて、バカは言う。むっ、この子のことを大好きなのは事実だけど、なんだその上から目線?
「あ、はい」
耳を赤くするかわい子ちゃんをバカから守るべく、私はかわい子ちゃんをさらに引き付ける。するとバカは苦笑しながら、かわい子ちゃんの手に持ったコップに目を付けた。
「そういえばそれは?」
「あ、果実酒のカクテルです。ビールがお口に合わなかったみたいなので」
「果実酒ぅ?」
かわい子ちゃんの気遣いではあるけど、私は思わずうさんくさそうな声を上げてしまった。いやいや、お酒はもういいよ。あんな苦いものを好んで飲む大人の気がしれない。
「はい。私もビールは得意じゃないですけれど、これは甘くておいしいんですよ」
「ほんと?」
甘いという単語に私は引っかかった。甘いものは大好物だ。
「いや、どっちにしろおまえ酒は」
「あ、本当だ。おいしい!」
バカが何か言いかけたけど、その前に私はかわい子おススメの果実酒に口を付けた。おいちぃ! これならいっぱい飲んじゃうぞー! ゴクゴクゴクッ!
「貴様っ! 性懲りもなく! 姫様からその手を離せ!」
凛々しい声がズカズカと近付いてくる。剣持ち美人さんの声だったが、今は祝いの席だからか恐怖のトレードマークである剣を持ってない。
「おかわりっ!」
「は?」
なので、私は彼女にコップを差し出した。
「この甘くておいしいやつ! おかわりちょーだいっ!」
「い、いや、なんで私がおまえに酌を。大体それよりも姫様を」
「はーやーくぅ!」
女騎士さんはお酒もくれなければ、あまつさえ私のかわい子ちゃんを奪おうとしてくるので、私はコップをブンブン振っておかわりを要求した。
「ステラ。私は大丈夫だから果実酒を持ってきてあげて」
「し、しかし、姫様っ!」
「はーやーくぅー!」
「……悪いけど、俺が取りに行くから場所だけ教えてもらえないか」
「……わかった」
ようやく私のコップがおかわり補充に持っていかれる。いいぞいいぞー!
しかし、おいしくてやわらかくてふわっふわで。
「ヒャッ? く、くすぐったいですよぉ」
んー、いい匂いもして。スーハー! やっぱり異世界は最高だね、チミ! お、修二! ようやくおかわり持ってきたか! 遅いぞ! それはともかくキミも飲んで楽しまんかっ!
「叩くなとは言わんからもう少し加減してくれ。力も飲む量も」
なーにお、辛気臭いこと言っとるか! 景気よく行きなっさい!
「……ミスった。絶対に飲ませちゃいけないやつだってわかりきってたのに」
「おー、嬢ちゃん! やっぱりイケる口だったな!」
「ヒュー、ノリのいい異界のお嬢さんに乾杯!」
「「「かんぱーいっ!」」」
ヒャッハー、果実酒だ! この甘くておいしいやつをもっと持てーいっ!
「ガラン団長! これ以上、あおらないでください!」
「あ、あの、お酒の代わりにケーキなんてどうでしょうっ?」
お、食後のケーキ? うっひょひょーい! っと、コホン。うんチミ、大丈夫かね? こう見えて私はケーキ屋の娘だからけっこうケーキにはうるさいんだよ? まあ、一口いただいてみようかね。パクッ。ヒャーハー! うーまーいーぞー!
「か、果実酒が好きなんだろ? 酒の代わりにフルーツでどうだ?」
女騎士さんが両手に持つのは色とりどりのフルーツ! うひゃーこれもおいしそう! それはさておき、お肉と果実酒もよろしく! おいしいものがまだまだこんなにたくさんあるぞー! ひゃっほーい! 異世界の食は宝石箱やーっ! お? あそこにも光り輝く大きな太陽があるじゃんっ!
「な、なんだ、おまえはっ!? 頭を触るんじゃない!」
「だ、大臣! その方は異界の勇者様です! どうかお許しを!」
おー、つるつるしていい撫で心地だね! 一本取られたな、こりゃ! ほい、ペチペチっと!
……。
あんだー修司! もう寝ろ!? なんでだー! 夜はこんなに楽しいんだぞ! HA☆NA☆SE!!
うがーっ!!
…………。
うぃーあんだー?
おお、すてきなお部屋? なんて広くてごうかなのかしら。
あ、このベッド。ふっかふかで気持ちいー! うーん、デリーシャスでゴージャス! 王城生活は最高だなー! もうずっと住んじゃおっかなっ!
――ぐぅ。
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