第3話 嘆きの丘と金貨
「貴様ら、また姫様を……」
美人さんに突き付けられた剣がプルプル震えた。そうだ、私達、剣を突き付けられてるんだった。
「修二、わかった。私がつねられる犠牲になる。代わりにあんたはあの剣の犠牲になって」
「奇遇だな。俺もそう思ってたところだ。犠牲者はフェアに決めるとしよう。ジャンケンでもするか?」
なんて男だと思うが、よく考えれば修二は憎まれ口を叩きながらもずっと私の前に立っている。……うん、よくわからないけど、修二を下敷きして巻き込んだのは多分私だ。修二ばっかり矢面に立たせるわけにはいかない。まあ、原因はこいつの余計な一言だけど。
「あ、あー、少しいいかの?」
それぞれ怯えと怒りという正反対な感情に震えるかわい子ちゃんと美人さんの後ろ。サンタさんみたいな長い白ひげで人のよさそうなおじさんが歩み寄ってきた。その声音は戸惑いながらも見た目通り優しい。けど頭には金ピカの冠を被って、似合いもしない
「はい」
人のよさそうなおじさんを修二は警戒心も露わに細めた目でにらんでる。うん、状況が状況だからね。仕方ないね。
「話すことは沢山あるんだが、まずわしの娘を怯えさせるのをやめてくれんかの?」
修二はあれほど油断なくおじさんを見ていたのに、あっさり視線を私に移した。何も言わないのに、その目が呆れと非難を訴えてくる。
「な、なんだよう! かわいいは愛でる! 抱きしめる!! そしてモフる!!! 人として当然の本能に逆らえるわけないじゃん!」
「ああ、わかったわかった。とりあえず杏は人としての理性を総動員して大人しくしててくれな」
く……屈辱! このバカに諭されるなんて。
「とりあえずこのバカは大人しくさせるので、お話をしていただいても?」
ぐ、グヌヌ。さらなる屈辱に体をプルプルさせるが今は我慢の子。おのれ、覚えておれ。この恨みはらさでおくべきか。
「う、うむ」
コホンと人のよさそうなおじさんは似合いもしないもったいぶりで咳を一つ。
「よくぞ我が国の召喚に応じてくれた、異界の勇者よ!」
そしてさらにもったいぶった両手広げで、そんなことをのたまう。ふつうのおじさんな見た目に似合わないしぐさに一瞬しらっとするものも、すぐに大興奮。
異界!? 勇者!?
え! え!? これってもしかしなくても、今はやりの異世界転生ってやつ!?
言われてみればファンタジーなのは、かわいい子ちゃんや女騎士だけじゃなくて、この空間も。
見るからに洋風なステンドグラス! 我が家とは似ても似つかないレンガ造りの室内! 実は周りにいた何人もの人もみんな日本人とは似ても似つかない西洋人風!
ということは、もしかして!? 日本人だった私も、物語の主人公張りのナイスバディな美人さんに!?
……嘆きの丘だった。
「ど、どうかしたかの?」
「気にしないでください。どうせくだらない理由です。気にせず話を続けてどーぞ」
「う、うむ?」
見下ろした自分の体は、今も昔も変わることのない標準的な日本人のそれだった。
「そなた達を召喚したのは他でもない。そなた達に我が国を苦しめる魔王を倒してほしいのじゃ!」
うん。標準的な日本人だよ? ほら、集計当初ってAカップが半分以上だったらしいから。
「我がアリエステラ王国は、小国ながらもヴァイエルン帝国とソフィア神聖国の庇護のもと平穏を享受しておった。しかし、十年前に魔族が地界の門の封印を破って地上に攻め込んできたのじゃ!」
今は違う? 私は伝統と礼節を重んじる控えめで慎まやかな大和なでしこだから。
「エニーゼ大陸の辺境に位置する我がアリエステラ王国は、地界の門がある大陸東端のヌアーク大森林と領土が接しているのじゃ!」
だから全然悲しくなんてないよ? だって歴史って大事でしょ?
「各国の支援もあり、なんとか魔族の侵攻を防いでいるものの、長年の戦乱に我が国の民は疲弊しておる」
それに貧乳ってステータスで希少価値だから。
「この状況を脱するため、我が王国図書館の伝承をひも解いた。すると、千年の昔に異世界より召喚した勇者パーティーが、冒険の末に当時の魔王を討伐したとの記録があったのじゃ!」
しかも、そこの女騎士さんとか周りが日本人離れしたこの世界ならなおさら。だから悔しくなんてない。
「その召喚魔法を我が娘が再現した結果、召喚されたのがそなた達というわけじゃ!」
あ、かわい子ちゃんは割と私に近いかも。うん、あなたは本当にかわいい。
「早速お主達には魔王討伐の旅に出てもらいたい」
ぜひともそのまま健やかに育ってほしい。同盟者として決して裏切ることなく、同じ道を歩いてほしい。あ、どうして隠れるの? お仲間だよ? 仲良くしよ?
「その路銀として金貨百枚と装備を授けよう」
「金貨!?」
聞き捨てならない単語に反応すると、多分王様なおじさんがビクッと体を仰け反らせた。うん、そんなリアクションはいいから、早く有言実行して?
「……現金な奴」
「うっさい。あんたの分までもらったっていいんだぞ」
「それは勘弁」
ほら見ろ。金貨が嫌いな奴なんていないんだぞ。
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