【緊急警告】直ちにチャンネル登録してください【人類滅亡】

矢尾かおる

第1話 


 関東を拠点とする老舗の本屋・有隣堂が『有隣堂しか知らない世界』なるYoutubeチャンネルを立ち上げて早数年。チャンネル登録者は現在22万人を突破して、芥川賞作家とのコラボも実現。飛ぶ鳥落とす勢いとはまさにこのことで、現在もその視聴者数は増え続けている。

 最初期には細々と書籍紹介動画を投稿していた有隣堂のチャンネルが一躍注目されるようになったのは、ひとえに奇妙なマスコットキャラクター・ブッコローなるミミズクの登場が大いに関係しているということは、全国22万人のチャンネル登録者もよく知るところである。


 ……がしかし、ユーモラスな人形のような外見をした司会進行役のそのミミズクが、実は1000年後の未来からやってきた生命体であることを知る者は数少ない。



 築66年を越えたあたりから文化遺産登録も間近との噂も立つようになった旧き本屋、有隣堂・伊勢佐木町本店。

 その地下666階で密やかに行われる深夜の会議には、如何にも深刻な雰囲気が漂っていた。

 真っ暗な部屋の中に置かれた円卓には中年の男女が腕組みし、壁に嵌められた巨大ディスプレイから流れるニュースを、苦々しい顔で見詰めている。


『近年急速な進化を遂げたAI技術は私達の暮らしを便利にする反面、大きな危険性も孕んでいるということなんですね。大変興味深い話でした』


 ディスプレイ内の女子アナがさも深刻そうな顔でそう述べたのを確認して、プツンと画面の明かりは消えた。

 その後訪れた静寂の中にいくつかの深いため息が漏れるのを聞いてから、地下666階の主賓はその嘴を開くのだった。


「ね? また私の言った通りになったでしょう。2022年、人類は高性能AIの開発と普及に成功し、そしてそこから衰退の一途を辿る。……これでもう流石に信じていただけたでしょ! 私が西暦3000年からやって来た、タイムトラベラーみみずくだということを!」


 巨大なギョロ目を闇に光らせ、変声機のような声で喋るミミズク。

 YouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』のマスコットキャラクター・ブッコローは、普段その身を支える黒子もなしに、一人でに会議室を羽ばたいていた。

 面妖なるその浮遊生物を未だに信じられないという思いで見上げながら、有隣堂現当主・松信健太郎は呻きを上げるより他なかった。


「……しかし、未だに信じられん話だ。こんなもの、何かたまたまなんじゃないのかね」

「コラコラあんた何を今更! 2019年2月24日、6>5>13>17>1! 4億超えの万馬券を的中させてこの会社を立て直す事が出来たのは、一体誰のお陰です!? デビューしたての新人作家が売れっ子になると予言してゲストに招いたのは!? ガラスペンブームが来るから職人を囲っておけと、予め教えてあげたのは!? ……そうでしょうそうでしょう、全部この私、R.B・ブッコローのお陰でしょう!?」

「ガラスペンはそこまで流行っていない……!」

「これからですよこれから、売れに売れて大変なことになるんですから覚悟しておきなさいよ、銀座と新宿にガラスペン専門の有隣堂を建てとかなきゃ後悔しますよ」

「……」


 奇妙なミミズクの弁舌に圧され黙るよりなくなった有隣堂現社長は、手元にある一枚のレジュメを見詰めた。

 それはあまりにも普通のコピー用紙で、しかし真実の記された予言書だった。

 三年前突如として彼の前に突き付けられたその紙切れは、確かに4億7180万9030円の万馬券を的中させ、以降大小の予言までを、今日まで全て的中させ続けている。

 そう。たった今ニュースに並んだ、海外企業の開発したAI公開の、その正確な日時まで。


「……それでもこんな事、信じられる訳がない」


 そう言い見詰めるレジュメの最後は、不穏な言葉で締められている。『西暦3000年:人類滅亡』。簡潔に記されたその言葉から目を離せず押し黙った松信社長に、気弱な眼鏡が声をかける。


「……あのお、社長。大変僭越なんですが。ブッコローの言うことは今まで全部当たってきました。やっぱりもう、そのー、信じるしかないんじゃないですかねぇ……?」

「……間仁田」


 間仁田と呼ばれた眼鏡の中年は、いかにも人の良さそうな笑顔で微笑んだ。

 有隣堂で文具バイヤーを担当する間仁田の柔和な雰囲気に、会議室の空気が幾分軽くなったのは、しかし一瞬のことである。

 突如荒々しく羽ばたいたオレンジみみずく・ブッコローが、その嘴で間仁田を激しく口撃し始めたのだった。


「オイ間仁田! あんたが一番頑張んないといけないんだよ! なんでいつも文房具の値段間違えるんだよ! それに私忠告しましたよね? あんた自転車に乗ると電柱にぶつかって怪我するから気をつけろって! 何回も何回も言ったのに、なんでぶつかっちまうんだよ! バカ!」


 激昂するブッコローは、ただただ誤魔化し笑いを浮かべる間仁田に呆れ、やがてボイスチェンジャーめいた溜め息を吐いた。全くいつもこうなのだ、間仁田という憎めぬ男は。


「……ちょっといいですかぁ?」

「ザキ!?」


 地下会議室の最後のメンバー。ザキこと有隣堂文具バイヤー・文房具王になり損ねた女・岡崎弘子が手を上げたのを確認して、ブッコローは大きな瞳をより見開いた。

 それくらいに信じられぬことであった、いつもフワフワとして文房具以外に興味を示さぬザキが、会議で手を上げるなどという事は。


「わたしは何でも良いんです、このレジュメの内容が嘘か、本当かとか。ただね、ブッコローが文房具の良さを広めたいって言うんなら、断る理由なんてないんじゃないかなって」

「ザキさん……! アンタ……!」


 有隣堂しか知らない世界のチャンネル開設から苦節数年。今日まで多くの動画に共演してきた岡崎女史の手を、ブッコローは翼で熱く握り込むのだった。


「……それでも、責任が重すぎる。人類絶滅を防ぐには、チャンネル登録者数1000万人を達成しないといけないなんて……!」


 チャンネル登録者数1000万人。

 社長が吐いたその言葉の重さを噛みしめるように、柔和な間仁田はスマホを開いた。

 有隣堂しか知らない世界の登録者数は現在22万人。来るべき滅亡に抗うには……否、全人類に文房具と書物の良さを伝えるには、まだまだ心許ない数字である。

 どこか絶望した空気に包まれた地下666階に、ミミズクの変声器じみた声が響く。


「それでもやるしかないんですよ、私はその為にこの時代へやってきたんですから」



 西暦3000年。

 ゆるやかな滅びを迎えた人類はその末期、シンギュラリティにより開かれた過去へのポータルへ、知恵のある梟が飛び込むのをただ見送った。

「……」

 千年後の人類は、もう言葉を失くしていた。

 高度に発達した人工知能とそれが操る動作端末に生活の全てを管理させる内、文字も絵も、やがて言葉も、歩き回ることですら、人類は忘れてしまった。


「……全くザマァないですよ。一匹のフクロウよりも馬鹿になっちゃうんですから。あーあ、これだから機械は嫌だ! 皆さん私の話を昭和っぽいなんて馬鹿にしてますけどねぇ、結局は根性論なんですよ根性論! ……おっと失礼、興奮しすぎてレジュメを落としてしまいました」


 管理者を失い崩壊を始めたAIが最後に出力した『人類を滅ぼさない方法を記したレジュメ』。2022年から始まるAIの爆発的進化の中で、人類が大事なものを失わないための方策。

 読み、書き、描き、歌い、遊ぶ。

 人が数万年に渡り築いてきた文化を忘れさせない為のメモ書きを嘴にくわえこみ、言葉を喋る新種のミミズクは、過去への扉を渡るのだった。



 そして2022年。有隣堂伊勢佐木町本店。


「有隣堂しか知らないセカーーーイ!! 本日はこちら! 日常が変わる! 超性能ペーパー・キムワイプ!」


 いつか来たる千年後、AIと既存文化の共存を果たすために、有隣堂の奇妙なマスコットキャラクター『R.B・ブッコロー』は有隣堂の愉快な仲間たちと、本や文具の素晴らしさを伝える為の動画を、今日も撮影するのであった。


 人類滅亡を回避するためのチャンネル登録者数まで、あと978万人。

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