二 静かな公園

「…………気のせいか」


 だが、左右を見回してみても、特にこれといって何が変わったというようなことはない。


 景色も別に変わってないし、いつもの馴染みあるご近所の夜の街だ。


 まあ、お酒が入っているし、そんな気がしただけだろう……。


 俺は勘違いだと判断すると、再び家に向けて歩き出した。


 薄暗い路地に人影は見えず、夜の街に唯一響くのは単調な俺の足音だけだ……なんとも静かな夜である。


「…………いや、やっぱなんか変じゃないか?」


 しかし、しばらく歩いている内に、先程感じた違和感の正体に俺はようやく気づいた。


 どうにも、静かすぎるのだ……。


 こんな夜中だし、通りに俺以外、誰も見当たらないのは別に不思議なことではない……だが、表通りを走る車の音すらまるで聞こえないのである。


 深夜とはいえ、まだタクシーや代行車、時には暴走族なんかが頻繁に通っているはずの時間帯なのに……。


 そういえば、さっきから風の音も聞こえない…というか、風も吹いてはおらず、辺りはほんとに無音状態なのだ。


「おかしい……やっぱ何かおかしいぞ……」


 ただの気のせいなのかもしれないが、この音のない夜の街になんともいえない不気味さを感じた俺は、無意識の内にも歩調を早め、早足で自分のマンションへと急ぐ。


「……なんでだ? いい加減、つかなきゃおかしいだろ?」


 だが、いくら歩いても、俺が住んでいるマンションが見えてこないのだ。あの公園からはどんなにゆっくりでも5分あれば余裕で着けるはずなんだが……。


 だんだんと焦りを覚え始めながら、俺はさらに足を早める。


 やっぱり……やっぱり何か変なことになってる……。


 競歩にも近い速さで歩いているはずなのに、一向にマンションは見えてこない……最早、すっかり酔いも覚め、見慣れているはずの薄暗い道を俺はひたすらに歩き続ける。


 それに、思えばさっきから誰一人としてすれ違ってはいない……深夜であってもこの都会のど真ん中で、さすがに誰にも出会でくわさないなんてことがあるものだろうか?


「……え! なんで!?」


 と、そんな疑問と不安が頭をもたげ始めていたその時。何気なく傍らに目を向けた俺は唖然と眼を見開いた。


 なぜならば、そこにはあの公園の逆「U」字型をした、銀色に輝く金属製の車止めがあったからだ。


 これだけ歩いているというのに、公園からまったく離れていないというのはどういうことなのだろうか?


 それとも、ぐるぐると回ってまたスタート地点に戻って来てしまったのか……。


 なんだか迷路にでも入り込んでしまったかのような感覚を覚えつつ、俺は再び家路を急ぐことにした。


「……ダメだ。スマホも使えない」


 形容しがたい不安に襲われ、俺は誰かに助けを求めようとスマホを取り出してみたが、電波は届いていないようだし、地図アプリを起動してみてもあの公園を示したまま、どんなに移動しても画面に変化は現れない。


「自力で抜け出すしかないってことか……」


 それからも、静寂に包まれた夜の街を俺は焦燥にかられながら歩き続ける……。


 だが、行けども行けどもマンションには着けず、ふととなりを見ると、またしてもそこにはあの公園があるのだ。


 そんな不毛な時間をどれだけ過ごした後のことだろう? すっかり歩き疲れ、焦りや不安の感情も薄れると、最早、諦めにも似た境地にまで至った俺は、また公園に入ってベンチで休むことにした。


「フーっ……」


 どかりとベンチに腰掛けた俺は、人の目がないのをこれ幸いと、タバコをポケットから取り出して火をつける。


 今のご時世、公園内はたぶん禁煙なんだろうが、まあ、誰も見ていないことだし、そんなこと気にしているような状況でもないので、俺はぼんやりと傍らに立つ街灯を見上げながら、旨い煙を吐いて一服する。


「さて、どうしたもんかなあ……」


 いったい、なんでこんなことになってしまったのかはわからないが、どうやら俺はあの違和感を覚えたその瞬間から、いつもとは違う、何かがおかしい世界へと迷い込んでしまったみたいである。


 異世界……というやつだろうか?


 そういえば、有名どこでいうと〝きさらぎ駅〟とか、そんな奇妙な世界へ足を踏み入れてしまう話をちらほら聞いたりもする……ただの都市伝説だと思っていたが、まさかそれを自分が経験することになるとは……。


 別にオカルトマニアじゃないから詳しくは知らないが、ああいう異世界系の怪談でも、やっぱり音のない静寂の世界だったようなイメージがある。


 異世界じゃないが、UFOに誘拐された体験談なんかでも、そんな無音状態だったとかいう話をその手の番組で見たような気も……。


「……ん? あれ?」


 だが、街灯を見上げながらぼんやりそんなことを考えていると、俺はふと、再び周囲に変化が訪れていることに気づいた。


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