第3話
「モモ。異国では一人で出歩かないで、絶対に」
「わかってるよー。オリヴィアでも一人でおつかいに行ったことすらないのに」
「で、その手に持ってる花は何?」
「ディオンが門番と話してる時に男の子がくれたの。素敵でしょ?」
「この馬鹿…」
ディオンはモモが持っている花を奪い取って、その場で呪文を唱えて燃やしてしまう。モモは呆然とその光景を見ていた。
「え、な、何してるの!?」
「この花にかけた魔法の残り香で宿を特定するんだ。君の部屋に今晩その子を呼びたいなら元に戻してもいいけど?」
「そういうこと…!?」
ディオンははあ、とため息をつく。
女王が用意してくれた偽の身分証と、モモ用の新しい洋服。ディオンという名前で旅してもよかったが、いろいろ支障が出るかもしれないからと取り計らってくれた。
魔法使い自体は100人に1人ぐらいの割合でいるから、街中で魔法を使っても別に目立ちはしない。
タンザーロは農業が盛んな国で、オリヴィアとの交流も深い。のどかだからか、ここで余生を過ごしたがる人も多い。
「この国では長くて3日。それ以上はいられない」
「そうなの?」
「最近は上の方針が変わって、出稼ぎの人を入国させないためにそうしているらしい」
「ふうん」
宿屋に着いて荷物を解く。先ほどまでのジャケットとは違い、軽装に着替えたディオンが行くぞ、と声をかけた。
「どこに?」
「入国審査官に、魔法使いならとお願いされた作業があるんだ」
◇◇
「ここです」
「うわあ…」
案内された畑は、謎の緑の液体?スライム?がブヨブヨに蔓延っていた。ディオンがあとはやっておく、と伝えると、案内してくれた少女は頭を下げて去っていく。
「これは確かに困るねえ」
「ディ……シオン、原因がわかるの?」
「ちょっと調べてみようか」
ディオンは呪文を唱えて、しばらく考えた後に立ち上がった。不思議そうにこちらを見るモモに説明してあげる。
「これはダラムの木が原因っぽいな。このフンはダラムの木の実だけを食べる鳥のものだ。だからと言って畑へ集中的にフンを落とすとは思えないから、おそらく寄生虫かその類だね。あれだけの数ならきっと食糧の方に問題があるんだろう」
「シオン、あそこ…」
モモが指さしたのは、ここから少し遠いが、森の中に発光している木であった。めちゃくちゃ怪しい。
転移魔法でその近くに移動すると、うおっと声が出た。枝という枝に鳥が留まりまくっている。
「ぐ、グロい…」
「ちょっと話しかけてみよう」
ディオンは舌打ちのような音を出して、鳥たちの気をひく。一斉にこちらを向く光景はなかなか、いや、けっこうホラーだ。そして、
「《メイン・ティルクセラ》!」
ディオンは咄嗟に防御壁を張る。鳥たちが一斉にこちらへ飛んできて、防御壁にぶつかっては木に戻っていく。
「きゃーーー!?!?」
モモの反応とは反対に、ディオンは涼しい顔だ。たぶん、こうなるのを予想して挑発したんだろう。
「……あ」
ディオンに抱きついたモモが、慌ててその体を離す。ディオンのほうを向いて、何やらもじもじしているが、
「《メイン・ティルクセラ》!」
遅れて攻撃してきた一羽がモモの背後でぼとり、と落ちた。
「油断しないでくれるかな」
「…ご、ごめん」
ディオンはふう、と一息ついて、鳥たちの視線をいっせいに感じながら木の根元に歩いていく。
「俺が防御魔法を張るから、これを持っていて。怖かったら鳥を見ないで、目を瞑っていてもいい。そのうちに鑑定する」
「う、うん…」
モモはディオンの渡した袋をぎゅっと抱きしめた。素直でよろしい。
ディオンは腕まくりをする。鑑定は久しぶりにやるけど、この木からも魔力を感じるので多分できるはず。木の隅々まで気を巡らせて、マナをより強く感じる場所を詳しく見てみる。
「この木、根腐れを起こしてる…そこに微生物かなにか……いや、あれは…マンドラゴラの…神経毒?」
「神経毒? じゃあその実を食べてる鳥さんたちはみんな毒に侵されてるの?」
「ああ。どうしたらいいと思う?」
ディオンに質問されて、モモは一瞬わかるわけがない、とたじろいだ。だけど、これは自分がこの世界に馴染んでいくために必要なことだと思い直して、必死に考える。
「あの根腐れしている部分を完全に切り離すか、もしくは毒をとってあげる…とか」
「そうだね。応急処置としては満点だ。あとはこの原因を潰さなきゃいけない」
モモは褒められたのを少し嬉しく思いながら、真剣な顔で頷いた。
「マンドラゴラはここの地域一帯では育たないはずだ。そもそもこの規模の街じゃ、この量のマンドラゴラの悲鳴で全滅する」
「それは…」
この街に、その毒のある植物を隠れて栽培している人がいるということ?
「ここに農業排水を捨てているのはおそらく魔法使いだね。よそ者が警戒されるのも仕方ないか」
立ち上がった途端、ディオンはモモを抱き寄せた。そのすぐ後ろでドゴン、と音がしたので、根を刈られると勘違いした木が抵抗して攻撃を仕掛けてきたんだろう。
「大丈夫?」
「あ…う、うん…」
咄嗟のことだったので触ってしまったが、モモは特段嫌がっているようには見えない。モモがちらりとディオンを見上げたのに気づいていないのか、行こうか、となんでもないように振る舞った。
「どうするの?」
「土の様子からして、定期的にここを訪れている人がいる。今日の夜ここの様子を見に来るよ」
「え、あ、あたしも行く」
「モモは駄目。宿にいて」
畑に戻って、ディオンはてきぱきとスライム状の物体を片付けた。
まずはうにょうにょ動いている物体の動きを止めて、廃棄用のゴミ箱に入れていく。これはあとでまとめて燃やすって言ってたけど、神経毒も入ってるのに大丈夫なんだろうか、とモモは思った。念のため、ゴミ箱の中にも何重かにして魔法をかけておく。畑はだいぶきれいになったから、あとはここの人たちに任せたほうがいいだろう。
「きゃー!」
二人の背後で叫び声がした。先ほどディオンが片付けたゴミ箱を狙って、少女を鳥たちが襲っている。
「ディオン」
「わかってる。《メイン・ティルクセラ》」
光り輝く紐のようなものが、鳥たちの動きを封じ込めた。
襲われていた少女がこちらに駆け寄ってくる。
「あ、ありがとうございますっ。ええと…」
「シオンです。こちらはモモ」
モモは挨拶の代わりににこりと微笑んだ。
少女はここの農家の娘で、先ほど畑を見にきた際に魔法使いだと言っていた。と言っても亡くなった母が魔法使いを毛嫌いしていて、その名残で魔法学校(この世界では人間と魔法使いで分かれている)に通わせてもらえないらしいが。
少しアクセントの強い喋り方で、少女はアグネスと名乗った。赤毛で、丸っこい目はより穏やかな印象を与えるものだった。
ディオンは何やら嫌な予感がして、それじゃあと会釈したが、アグネスはそれを呼び止めた。
「シオンさんっ! お願いです。分解の魔法を教えてもらえませんか? 父はああ言ってますけど、…実際、あんなふうに畑を荒らされたらどうしようもなくて。役所に依頼を申し込んではいるんですが、こうも毎日だと…」
「……そうだよね。…ちょっと相談してもいい?」
「? はい…」
ディオンは人の良さそうな笑みを浮かべて、モモを手招きした。
「帰ろう」
「え? 今完全に話の途中じゃなかった?」
「ううん?」
「嘘だ。めちゃくちゃ悩んでる顔してたよ」
モモがアグネスを振り向いた。心配そうにこちらを見ている。ディオンもその方向に目をやり、また上っ面だけの笑顔をしたあと、モモに向き直った。
「時間がないんだ。もうすぐ夜になる。君を宿まで送らなきゃいけないし、あの木を見張りたい。この子に分解魔法を教えるよりその方が早いだろ?」
「分解教えて欲しいって話? それぐらい教えてあげなよー。あたし一人で帰れるし! 大丈夫。さっきみたいに喋れないフリすれば完璧!」
「君は咄嗟に言葉が出るから駄目だ」
「えー、…………あ。思いついちゃった」
「何も言わなくていい」
「転移魔法使えば早いじゃん!」
「………そうだね」
モモはディオンの元を離れてアグネスに駆け寄り、彼女の手を取った。
「この子可愛いじゃん! 婚活チャーンス!」
「おい、喋るなって」
「あ」
「え……? 何この言葉、……この子……あ、……モモ…? えっ」
アグネスはきっと勉強熱心だ。新聞はまめに読んでいるのだろう、こちらの正体に気付いたようだった。モモという名前も今度からは偽らなければならないな。
「あなたは、……」
「ディオンだ。名前くらいは聞いたことあるかな?」
「……」
「…怖いだろ。無理しないでいい」
アグネスの手が完全に震えている。これじゃあ絶対に無理だろうが──
「ねえ」
ふとその手を、モモが握った。
「この人、ちゃんといい人だよ。分解魔法をあなたが教えてもらったら、他の人にも教えてあげて。大丈夫、絶対力になれるよ」
「モモ、通じないから無駄だよ」
「……シオンさん。いえ、ディオン様、彼女は何と」
「…俺から習った分解魔法を他の人に教えてあげてと言っている」
「…」
「モモ、行こう。正体がバレたから明日にはここを発つ」
「ディオン様」
アグネスはモモの手を握り返して、ディオンを真っ直ぐに見つめた。
その手はもう震えていない。
「教えてください。分解魔法を皆ができるようになれば、きっと役立つはずです」
◇◇
「鑑定はできるんだよね?」
「は、はい。本で読みました」
「鑑定したあと、複合物をすべて単純な物質に分けるイメージだ。と言ってもこれだと葉っぱとか微生物になるから、このスライムになるひとつ前の状態に戻すイメージでやってみて」
「やってみてと言われても…」
ディオンはゴミ箱から、緑色のスライムを浮かして取り出し、アグネスの前に投げた。
「乱暴だねえー」
「うるさいな。ほら、どうぞ」
彼女が呪文を唱えると、ほのかにスライムが発光した。身を乗り出したモモをディオンが制す。
「ダラムの木の実に、緑色のものは何かの毒、これは鳥のフンでしょ、それからこれは…」
アグネスが言葉を詰まらせる。
「何…これ」
「どうしたの?」
「毒とは別に、なんだろう…人の…血? 肉? ……わかりません」
「なるほどね」
自分は鑑定せずに、ディオンはアグネスからそれを取り上げた。
◇◇
「絶対にこの部屋から出ないで、いい?」
「わかった。何回も言わなくて大丈夫だって」
あの後、アグネスには課題を渡した。もっと単純なものの分解の練習をさせて、教えたということにしておこうという考えだ。
彼女が「緑色」と言っていた物質、それに「人体によく似た物質」を取り除きさえすれば、あとは通常通り廃棄物として捨てられるはず。
宿屋の部屋には結界を張っておいたから、モモに招かれない限り入れないことになっている。
「朝になったらいい?」
「いいけど、……できれば、俺が帰ってくるまでは待ってて」
「わかった。絶対帰ってきてね」
「ちょっと懲らしめるだけだよ。あとのことは警察に任せる」
「うん、……」
まだ心配そうなモモに、ディオンは昼間と同じ袋を渡した。
「不安なら持ってて」
「いい」
モモはそれを突き返した。意外な顔をするディオンに、モモは言う。
「これが誰かの身を守るものなら、ディオンが持ってて」
「……わかった」
◇◇
「こんばんは。君が犯人かな?」
張り込みを始めて2時間。犯人はあっさり見つかった。現れなかった場合、隠れ家に赴いて少しばかり驚かせてやろうと言うディオンの悪戯心も無駄になってしまった。
男が根元の土を掘り返して、どこからか──おそらく魔法で──大きな筒を取り出した。
「誰だ、お前…」
「タンザーロの福祉はほとんど農業で成り立ってる。知ってた?」
「知らない! 何なんだよ、お前!」
「うんうん、それじゃあまずはマンドラゴラを味わってみよう。《メイン・ティルクセラ》」
「《ムラム・エタリジブ》!」
ディオンの攻撃魔法を男は跳ね返した。今更の解説だが、この世界では魔法ごとに決まった呪文というものがない。あるにはあるのだが、ファイアーボールのようなメジャーな攻撃技は唱えただけで属性がわかってしまうから、みんな適当な名前をつけて相手に悟られないようにするのだ。
反対に、各国管轄の魔法庁に所属する魔法使いたちはそういう「ありのままの呪文」を使うよう指令を受けている。
…というのはどうでもよくて。
ダラムの木の根っこが視界の端で動き出す。
「面倒だな」
ディオンは久しぶりに、本当に数十年ぶりに他人を攻撃したから、加減を忘れてしまったのも仕方なかった。
ディオンが最も得意とするのは、「魅了」である。
可哀想なダラムの木。昼間、彼に魅了されて、ディオンに不用意に近づいたり、敵意を持ったりする者に攻撃するようになってしまった。
「ぐぅっ!?」
だから、うっかり呪文を唱え忘れても仕方なかった。
枝がガサガサと動き、根っこがうねり、男を捕らえて締めつける。これは全部、ダラムの木が勝手にやったことだ。
「残念だね」
たまたま殺してしまっても、問題はないだろう。
「っ……ぎ……ぃ」
「何をしている!!」
「!」
ランタンを持った兵士や警察が数人、こちらに走ってきていた。
ディオンは舌打ちをして、攻撃をやめるようダラムの木に指示し、すぐさまフードを脱いで両手をあげた。
「何者だ!」
「こんばんは。夕方、相談に伺った──」
「む。…君は、確か」
「シオンと言います。麓の農家に頼まれて、スライムの原因を調べていたら、昼間この木が発光していました。マンドラゴラの栽培をしている魔法使いがいるかもって、それで調べていたんです」
「わかった、わかった。して、この人物がそうなのだな?」
ディオンはゆっくりと頷いた。先ほどまで苦痛に顔を歪めていた男は、完全に気絶しているようだ。兵士たちがその男の持っていた水筒を確認し、彼を背負って運ぶのを見ながら、そういえば、と話し出した。
「この木の根元をよく調べるように言ってくれませんか。昼間、ここの農家の娘と鑑定の練習をしていたら人間の骨と同じ成分が出てきました。もしかしたらこの男に関係があるかもしれません」
「……なんだと」
「僕の魔法ではそれ以上は…」
ディオンは苦い顔をして首を横に振った。
その後すぐに帰ろうとしたが、なかなか警官が解放してくれなかった。おそらく1番偉いのだろう、胸元にいくつかバッジをつけた警官の話が止まらないのを、誰も止める気配がない。
「そうか、そうか。それにしても勇敢な魔法使いだ。見た目もいい。歳はいくつだったかな?」
「もうすぐ30になります」
ディオンは嘘をつくことに抵抗のない人物だった。
「見たところ、指輪をしていないようだ。結婚は?」
「いい機会があれば」
「そうか、そうか! それなら──」
「チェスターせんぱぁい。そろそろ」
「わかっている!」
チェスターと呼ばれた男は、ディオンに写真を一枚渡した。綺麗な顔立ちの女性。裏には住所が書いてある。
「娘のミアだ。19歳になるのにまだ勉強勉強とうるさいが、器量はいい。その気になったらこの住所に」
「まーた渡してるんですか? これ何枚目です?」
「会いにきた男を悉く帰すんだ。誰に似たんだか頑固でね」
部下と思われる警官は、ディオンにアイコンタクトで親子ですよね、と訴えた。ディオンはふっと笑って、とりあえず写真のお礼を言う。
「チェスター殿。あまり多くの人に写真をあげるのはやめた方がいいですよ。もしその中に悪い魔法使いがいたら、この写真で呪いをかけることもできるんですから」
「……やっぱり返してくれ」
「あはは。はい、どうぞ」
一度胸元にしまった写真を警官に返してから、ディオンは転移魔法で宿の前に戻った。二人の泊まる部屋の電気は点いているから、まだ起きているんだろう。
宿屋の扉を開けて、カウンターにいた主人に挨拶をすると、あれ、と目を瞬かせた。
「先ほどお帰りになりませんでした?」
「……いいえ?」
早足で2階に駆け上がる。扉を開けようとすると、バチッと弾かれた。結界を上書きされたらしいが、この程度なら問題ない。
勢いよく扉を開くと、モモと男が部屋の真ん中で立ち尽くしていた。おそらく言い争っていたのだろう。
「モモ!」
「ディオン…!」
モモはディオンの姿を見るや否や、彼の胸に飛び込んだ。彼女を片腕で庇いながら、半身を乗り出す。
「何しに来た?」
「昼間花を買われたから出向いただけだって。そこのお嬢さんは何も喋れないし泣き叫ばれるしで困ったよ」
「花? 花は燃やしたはずだけど」
「燃やす? そんなので解呪できないよ。花を渡すときに名前を教えるんだ。その名前を呼んでくれれば交渉成立ってわけ」
「……」
「…知らなかった? もしかして」
モモは単純だから、自己紹介ぐらいの感覚で名前を呼び合ったんだろう。
「……この呪いの方法は、いつから?」
「さあ。ってか花を燃やすだけなんて何百年も前じゃないの?」
「…………」
これが世代間格差というやつか。
「おじさん、何歳なの?」
「ピチピチの30だ。とにかく、モモには何もしてないだろうな?」
「うん。でもモモちゃん可愛いし、おじさんには勿体なくない?」
「……うるさいな、早く出て行け」
「言われなくても。はあ、今日の獲物が〜…」
この男は20歳前後だろうか。部屋を出る前にモモに目線を合わせて、「ごめんね」とジェスチャーをして出て行った。
「モモ、ごめん。怖かったね?」
モモは頷いて、ディオンにぴったりくっついて離れようとしない。あんなことがあったから仕方ないけれど、せめてコートは脱がせてくれとモモをベッドに座らせた。
「あの男は?」
「アレクって言うの。昼間花をくれた人。だけど──」
モモの言葉が途切れる。
ディオンが振り返ると、そこには先ほどの男が立っていた。
「あれ」
「お前──!」
「ちちちち違うって! 違います!」
ディオンが攻撃しようとすると、アレクと呼ばれた男はすぐに伏せて頭を地面に擦り付けた。
「殺さないでください! 誤解ですって!」
「何が誤解なんだ?」
「……殺さないって約束してくれます?」
モモの様子を見る。固まってはいるが、男の変わり身の早さに恐怖心は和らいでいるように見えた。手短に頼むよ、とディオンはモモの隣に腰掛ける。
「さっき、名前の話したと思うんですけど。…実は俺、名前を呼ぶと召喚されるように毎回契約してるんです」
「……なぜ?」
「香り付けの魔法、苦手なんすよ。だからそのほうが楽で。直前でキャンセルされるなんて一度もなかったし」
金髪のセンターパート分け、後頭部に少しくびれのついた髪型。服装はシンプルだけど、頭のせいかタンザーロではあまり見かけない浮ついた格好にも見える。
「ちなみに、解呪方法は?」
「……一発やっちゃうこと?」
ディオンはアレクを黙って見つめた。様子を伺っていたモモが、ディオンのシャツをくいくいと引っ張る。
「ねえ、ディオン。大丈夫なの?」
「……うん、まあ」
「アレクはなんでまたここに?」
「えーと。……君と契約しちゃったらしい」
「え! 契約!? そんなー! あれできないの? あの、家庭科で習った……なんだっけ…そう! クーリングオフ!」
「とにかく、解呪はできないみたいだね」
「可哀想なアレク……」
さっきまで襲われかけていたのも忘れているのか?とディオンは怪訝な顔でモモを見た。だけどさすがにモモがアレクと呼ぶたびに現れられても困る。
「契約の上書きはできないかな?」
「さあ。試したことないっすけど……」
「やってみて。俺の名前は『ディオン』だ。アレク」
「『ディオン』さんっすね! …あっ」
モモの額に何か魔法陣のような模様が浮かび上がる。それは空中を移動して、ディオンの目の前でぴたりと止まった。
「え」
「い、嫌っすよ! 待っ──」
アレクの願いもむなしく、その魔法陣はディオンの額にすうっと溶け込んで消えて行った。
「………………」
「………………」
「今の何? 綺麗だったねー!」
男たちは絶望した。
ただ一人、状況をわかっていない少女だけが先ほどの手品をもう一度見たいと手を叩いて喜んでいるのだった。
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