第19話 打ち上げ

野村の途中加入というイレギュラーがあったが、グループ発表は無事に終わった。それまでろくに話したことのなかった女の子2人組とも萌とリコはそこそこ打ち解けられて満足だった。だから誰ともなしになんとなく打ち上げしようという雰囲気になったのはごく自然なことだったが、特に積極的だったのはチャラ男の名を馳せる野村だった。


金土は悠、萌、リコの3人全員が居酒屋のバイトを抜けてしまうと厳しいので、打ち上げは木曜に大学近くの別の居酒屋で開催となった。


「え~、皆さん、それでは発表の成功とこれからの友情に乾杯!」

「何それ! オヤジくさい!」

「何が友情だよ! 萌ちゃんにしか興味ないくせに!」

「え~、ばれたぁ?!」


野村がおちゃらけた様子でまじめくさった乾杯の音頭をとると、皆爆笑した。野村が入ってから野村と悠の仲がなんだか微妙なのがグループの雰囲気に影響していた。それがこの乾杯の音頭で吹き飛んで皆、打ち解けられそうなムードになった。萌はさすがチャラ男のコミュ力は違うなぁと変に感心したのだった。


最初はリコと隣同士に座っていた萌だったが、リコがトイレに行った隙に野村が隣に来た。


「萌ちゃん、飲んでる?」

「言われなくても飲んでるよ」

「そうだよね、萌ちゃん、お酒大好きだもんね」

「えっ?!」


野村はいつの間にかチューハイ2杯頼んでいて1杯を萌の前に置いた。


「さあ、飲もう!」

「ちょっと、いつ注文したの?私、まだあるからいらないよ」

「いいから、いいから、早く飲も!」


萌はお酒が好きなこともあってグイグイ押され、ついいつもより早いピッチで2杯目のチューハイを空にして3杯目に突入した。それでもかなりの酒豪の萌はそのぐらいではいつもは泥酔しない。


(あれ……なんだかクラクラする……)


少しフラフラっとしながら萌はトイレに向かった。女子トイレは使用中で萌は立って待っていられず通路の壁に寄りかかった。


「萌ちゃん、大丈夫?」

「あ、野村君……ありゃがとう……らいしょうふ大丈夫……」

「うん、でも大丈夫そうじゃないよ。送っていくよ」

れもでも、リコもいりゅし……ほんとに……らいしょうふら大丈夫だから……」

「リコちゃんには伝言しておくよ。ほら僕に寄りかかって」


野村は萌の肩をぐっと抱き寄せた。


「うっ……は、はにゃはなしてっ」


萌は口を押えてちょうど空いた女子トイレに駆け込んだ。吐いたら少しすっきりしたような気がするが、胸がむかむかして頭が痛い。萌はトイレから出てトイレ前の通路に座り込んでしまった。


「萌ちゃん、送るよ。ほら、立って」


萌はもう何も考える余力なく、フラフラと立って野村に抱き寄せられるままだった。


「佐藤さん!」

「萌! 大丈夫?!」


トイレに行ったままの萌を心配して悠とリコがやって来た。


「心配しなくても僕が送っていくから大丈夫ですよ」

「萌は私と同居してるんだから私が一緒に帰ります」

「でもこの状態の萌ちゃんをリコちゃんは支えきれないでしょ?」

「園田君が手伝ってくれるから大丈夫です。ね、園田君?」

「うん、だから野村君はまだ2人と飲んでて」

「いいよ、こんなになった萌ちゃんを放っておいて飲み続けられないよ。それとも僕が信用できない?」

「だから! 私と園田君が萌をうちに連れて行くんで大丈夫です!じゃあ!」


リコは野村から強引に萌を奪い取った。リコと悠が片方ずつ肩を貸してフラフラの萌を支えた。


それを見送った野村は独り言を呟く。


「傷つくなぁ。僕が信用できないんだ。ま、しょうがないか」


スマホをポケットから取り出してメッセージアプリを開いた。

「えっと、ミッション失敗っと……怒るだろうなぁ。まあ、でも元々そのつもりだったけど」

ポチポチっと何かメッセージを打った野村は、残ったグループメンバー2人が飲んでいる席に戻って行った。


リコと悠は、居酒屋から出てタクシーを拾おうとしたが、やはり泥酔状態の萌のせいで乗車拒否された。3台拒否されて仕方ないからなんとか電車で帰ろうとした時、4台目のタクシーが停まった。


「園田君、もう私だけで大丈夫だから電車で帰りなよ」

「でも佐藤さんを支えて階段で3階まで行ける?送って行ってから電車で帰るから大丈夫だよ」

「お客さん、乗るの? 乗らないの?」

「乗ります!」


なし崩し的に悠もタクシーに乗ることになった。萌は心配したようにタクシーの中で吐くことはなく、眠り込んだまま、アパートに着いた。


「萌、起きて! 着いたよ」


リコが萌を揺さぶって起こそうとした。


「んん……にゃに?……りゃめて止めてっ……りゅさびゅらにゃ揺さぶらないで」

「中野さん、揺さぶらないほうがいいよ…吐いちゃうかもしれないし」


悠は『吐いちゃうかも』という部分を運転手に聞こえないように声を落とした。


「そう? でも萌起きないし……」

「俺が背負うから佐藤さんを俺の背中に乗せてくれる?」

「わかった。萌、園田君の背中にしっかり掴まって」


運転手の白い目にもめげず、リコは萌の腕をひっぱって何とか悠の背中に乗せた。


「佐藤さんが落ちないように後ろで見ててくれる?」


リコが『わかった』と言うと、萌がそれに反応した。


ぎょめんごめんねぇ……おみょい重いでしょう?」

「重くないよ。それより俺にしっかり掴まってて」


ずり落ちそうな萌を2人で何度も上に引っ張り上げて悠とリコはようやく3階の自宅にたどり着いた。


「ありがとう。ここからはもういいよ」

「ここまで来たらベッドまで背負っていくよ」


萌をベッドに降ろした後、悠はすぐに帰ろうとした。


「園田君、ありがとう。萌はいつもならあのぐらい飲んだくらいで酔わないんだけどなぁ」

「そうなんだ。おかしいね」

「そう、私がトイレから帰ってきて野村君が萌の隣に座ってからだよね。でもまさか野村君が萌の飲み物に何か入れるわけはない、よね?」

「うーん……考え過ぎかもしれないけど、気を付けたほうがいいかもね」


悠は、帰りの電車でそれをやりそうな人間の顔が浮かんできてほろ酔い加減がすっかり覚めてしまった。


------


今になって気づきましたが、18歳成人でも飲酒は20歳解禁のままなんですよね。萌達は大学2年生の設定ですが、もう誕生日が来ていて少なくとも萌、リコ、悠、野村は20歳、20歳になっていないグループメンバーはソフトドリンクを飲んでいたということにさせてください。その割には萌と野村が飲みなれているような表現が出てきてしまいましたが、ゆるゆる設定ということでお見逃しください。20歳未満の飲酒を推奨しているわけではもちろんありません。


ところで最近、タグ詐欺になってきて津軽弁が全然出てきませんが、違う方言のお話です。「背負う」とか「おんぶする」の意味で「おぶる」って言葉を私は使っていたんですが、Wordがうまく変換してくれない!で、ググったら方言だと知ってびっくり!標準語だと思ってた…ン十年の人生で初めて知った真実…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る