第156話 政治と魔法と宗教
「その、この世界の外にいる何者かに戦いを挑めと?」
総統の問いに、ゼルンバスの王は答える。
「我ら、別々の星で生まれた文化、文明に属する。
だが、このマリエットが街を歩き、我らと同じ特徴を見つけてきた。
なにゆえに、この街は大きな神殿がない?
また、なにゆえに総統は神にならない?」
その問いに、総統は至極当然という顔で答えた。
「宗教と政治は切り離されている。政治は法によってなされ、総統という地位も法に拠る。
神にはならんし、なれんよ。
それでだが、貴惑星にもないのか、神殿が?」
総統の問いに、ゼルンバスの王は笑った。
「ある国もある。
未だに王権の根拠を神授に拠る国もあるのだ。
だが、今や神などそう必要とはされていないのだ。
病は克服できている。そうなると次に神に縋るのは、延命だろう。だが、誰も定められた命数があり、それが尽きたら死ぬ。昨日まで元気で働いていた者でも、朝には予定どおり死んでおるものなのだ。殺されでもすれば、その命数に関わらず死ぬことにはなる。だが、延命はない。
貴国のもので例えるならば、エネルギーペレットを入れた車は動くが、それが尽きれば例外なく止まる。事故を起こしても止まる。その車が再び動くよう、神に祈る者がいるかね?
世にこれほど無駄なこともあるまい?」
「その命数とやらが見えているのであれば、な」
「ああ。
見えておるのだ。我々の世界では。
祈る者がいないわけではないが、これでは祈る者が主流にはならぬ」
「……なるほど」
そう言われれば、納得せざるをえない。
エネルギーペレットが尽きた車には、エネルギーペレットを入れるものだ。神に祈る必要などない。
そして、エネルギーペレットを再度入れられない車であれば、使い捨てにするしかない。祈ろうが祈るまいが、ゲージが尽きれば終わりなのだ。
ゲージを見ることができないのであれば、まだ祈りの余地はある。だが、それもない。
祈りという救いは得られないが、正確に為すべきことが為せる人生ということにはなる。こうなると死生観が違いすぎて、会談している2国では人文分野の常識は大きく異なっているだろう。
「結局のところ、根拠や方法に違いはあれど、すでに我らは共に神を殺しているのだ。
どのような存在かはわからぬが、改めて神を殺し直してもよかろう」
「我がデュースヴァイクとゼルンバスが戦ったのは、神のせいということか……。
抵抗しても定められた運命として、な。
だから、それろを定めた神を敵とする、と」
「そういうことよ」
総統の理解に、王は肯定を与える。
「論理としてはわかる。
だが、国民を納得させるには、敵の姿が朧げに過ぎると思うが?
いきなり神は敵だと言われて、納得する者はおるまい」
「そうは思わぬ。
ダコール司令にいろいろと教示されたのだが……。
我々の技術体系と、こちらの技術体系では、拠って立つ理論は違えども、結果は同じようなものらしい。そして、ここに来るにあたり実際にワープというものを経験させてもらったが、これは宇宙に穴を開け回廊で繋ぐものと聞いた。実は我々も、似た技を持っているのだ。
この宇宙に穴を開ける技を突き詰めれば、時を超えることも可能であり、この世界の外にあるモノと意志を交わすこともできよう。
そして、2国の交流により今まで見えぬものが見えてきたとなれば、理論値としてその姿は好きに描けよう。それこそ、どれほどおぞましくもな」
ゼルンバスの王の語り口は淡々としたものだ。新たな戦いを提示する高揚はない。
「なるほど。
よくわかった。
これを敵とすれば、定められた運命とやらに対して戦うことになろう。
ネズミが滅ぶ実験、そのものについても結果が異なる気がする。ネズミは定めに対し、反する心を持つかも知れぬ」
「そういうことよ」
理想郷に置かれたネズミが滅びるのは、敵がいないからという見方もできる。
その敵を滅ぼすまでネズミは満足しない。
「これが2つ目の案か。して、3つ目は?」
総統の問いに、ゼルンバスの王は再び笑った。
「今は話せぬ。
総統が余から聞くだけ聞いて、その後は我々を処刑するなどという可能性もまだなくはない」
王の言葉に、今度は総統が笑った。もっとも、あきれたように、だが。
「用心深いことだ。
だが、王は貴惑星を十分に高く売りつけてきたではないか」
「なにを言うか。
まだ、半分も値を釣り上げてはおらぬ」
「まだ手札があるのか。
では、すべてを語るがいい」
だが、ゼルンバスの王は首を横に振った。
「その前に、そちらも手札を見せるべきと考えるが、如何?」
「なるほど。
では語ろうか。
我が国は、貴惑星に対し人を渡そうではないか。
ダコール君からの報告によれば、ゲレオン君、カスパール君を始めとして、移住希望者が多いと。
彼らの希望を叶えよう。貴惑星にとって、これは悪い取引ではあるまい」
なるほど、これはいい手だとゼルンバスの王は思う。
洗脳済みの潜伏細胞となりうる元捕虜たちを送り返してしまえば、これほど後腐れがない手はない。そして、これらの人員は人質にもならぬ。
「そうだな、優秀な人材はいつでも歓迎する。
だが……。
加えてもう1つ、こちらも手札を切ろう。
そちらの国の老人を引き受けようではないか」
「どういう意味か?」
「先程も言った。
我が国は病を克服している。
死ぬ前日まで元気に働けるのだ。
マリエットが市街で見てきた報告によれば、この国での老いとは病と同義ではないのか?
となれば、我が国に移住を希望する者もいようし、こちらで商売でもしてくれるのならば歓迎する」
「ていのいい人質か?」
「医療福祉費を節約できるぞ」
「随分と都合のいいことを言うものだな」
総統は、そう哄笑で返した。
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あとがき
ここまで話しても、まだ本音は……
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