第154話 会談開始


 ついにその日が来た。

 ゼルンバスの王と内務省の長マリエットを、ダコールとバンレートは総統府までエスコートした。

 ゼルンバスの王とマリエットは存在自体極秘である。当然、公式訪問ではないので、総統府地下の保安通路から入った。


 総統はマスコミに注目されている存在なので、このようなことも初めてではない。何度も繰り返され、手順は確立しているらしい。ダコールとバンレートは、マニュアルを渡されてそれに沿っただけだ。


 指定されたエレベータで階を登ると、総統の秘書官が待っていた。「たしか、ニクラス君と呼ばれていた」と、ダコールは思い出す。機械のように無表情な男ではあるが、仕事も同じく精密にこなすに違いない。


「こちらへどうぞ」

 そう慇懃に案内され、ダコールが前に来た部屋に案内された。前回の総統とダコールの会談と同じ場所だ。共に食事を摂るのに狭すぎず、会談の声が聞き取り難くなるほど広すぎもしない。品は良いが、豪奢ではない。

 ゼルンバスの玉座の間は、捕虜たちの誰も入れなかったので情報はない。それに対抗するという意思は総統にはないだろうが、見劣りしたら困ると密かにダコールは思った。


「ようこそ。我がデュースヴァイクに」

 総統は立ち上がって、ゼルンバスの王に声を掛けた。

 部屋自体に自動翻訳の端末が仕込まれているらしい。ダコールには総統の言葉がそのまま聞こえが、ゼルンバスの王には翻訳された言葉が聞こえたらしい。

 だが「ようこそ」の言葉に反し総統に笑みはなく、握手を求めるようなこともなかった。


「押しかけて参った。

 そろそろお会いするべきかと思ったのだ」

 そう応じたゼルンバスの王の表情も硬い。


「手早く済むような話でもない。

 まずはお座りを」

 総統の声に合わせ、秘書官がマリエットの椅子を引いた。

 マリエットが腰掛けると、次は王の椅子を引く。総統は自分で椅子を動かして座った。


「さて、和平にせよ、戦うにせよ、互いのカードを晒さないと話はできませんな」

 総統の言葉に王は軽く頷く。

 そして、交渉の口火を切った。


「いきなり我が領民を10万も殺されれば、応報を求めるは必至。

 我が目的は、その上で元の安寧たる日常を求めたい」

 ずばりとゼルンバスの王は、交渉の最終目的を口にした。


「我々の目的は、全宇宙への版図の拡大である。

 そこに立ち塞がる者はすべて滅ぼす。

 これは我が星の国民が生き延びるための聖戦である」

 総統も自らの目的を口にした。

 ここから、いかに相手を譲歩させるかが互いにとっての交渉の主題である。


「互いに理解をしあわねば、譲歩できる点も見えぬ。

 まずは、貴国の『生き延びるため』という言葉の意味がわからぬ」

「そのうちにわかるようになる」

「どういうことか?」

 総統の韜晦を疑った王の口調は険しくなった。


「貴惑星に、ネズミはいるか?」

 その王に総統は被せて聞く。

 秘書官とマリエットが一言二言交わし、マリエットが王の耳にささやく。「我らからしたら、穀物倉に出るラゥのことかと」と。それを聞いて、王は頷いた。


「それがどうされたか?」

「そのネズミの群れに快適な環境に広い部屋を与え、十分な食料を与えたうえで病気のネズミも取り除く。

 当然ネズミは増える。

 その後どうなるとお思いか?」

「なるほど、貴国では、すべての人民が飢えることはもはやないと。

 その結果……。

 人民は安寧に慣れ、溺れ、娯楽に日々を費やし……。

 そうなると、部屋からも出ぬものが現れような。して、部屋から出ないとなると、人口が……」

「さすがの慧眼。

 ただでさえ、貴惑星でも子育てのコストが高い地域では、低い地域に比べて人口増が少ないはず。それが行き着いた上で、な」

 ゼルンバスの王は黙り込んだ。


 数分の沈黙の間に、同席している総統の秘書官とは別の秘書官が茶の準備をした。

「ここにいるダコール君の好みでね。

 口を湿しながら話そうではないか」

 そう言った総統は、さらに話を続けた。


「その実験の結果はこうだ。

 ネズミは順調に増えていくが、ある時点で秩序が乱れた。オスは自分の子供を守ることを放棄し、メスが子どもを守るために暴力的になる。そしてその暴力性は自分の子供にまで向けられて、共食いが頻発した。

 当然、王が予想した子供を成さない引きこもりはそのままなので、ほどなく群れは全滅した」

「つまり、貴国はその状態を避けるため、常に戦争の前線を必要とすると?

 それにより、意図的な不自由さを作り出し、勝利を得たら次の不自由さを探して前線を広げると?」

 王の問いに総統は頷く。


「綺麗事ならいくらでも言える。

 だが、ゼルンバスの王よ、貴殿ならどうする?

 我々と同等の文明レベルに達した星は他にもあるだろう。遅かれ早かれ、貴惑星は攻撃を受けていた」

「1つ聞きたい。

 総統はその最終的な局面はどうなるとお考えか?

 どれほど広大といえど、宇宙の広がりにも限りはあろうぞ。

 全宇宙を統べたのちは、滅びの道を再び歩むか?」

 ゼルンバスの王の反問に、今度は総統が口を閉ざした。


「そうか、それでわかった。

 総統よ、そなたが余と話したいと望んだという理由が。

 総統が危惧を覚えるこの事態、防ぐにはたしかに1つしか思いつかぬ。

 意図的な不自由と危機感の創出よ。そのためにもいくさが必要であった。

 そして、そのいくさを続ける間に『どこかでこの問題を克服した惑星と会えるかもしれぬ』と望んでいたのであろう?」

 そうゼルンバスの王は問いかけ、総統は頷いた。


「貴惑星では、我らの攻撃を受けたのち、真っ先に惑星内の粛清を行ったそうだな。

 年端も行かぬ子供ですら殺したと、報告を受けた。

 私が話したかったのは、そのような非情の決断ができる統治者だったのだ。人道などまやかしにすぎぬ。人道の行き着く先、それがすなわち滅びになりかねぬのであれば、別の手を取る。生き延びるためには、な。

 それが統治者の務め」

 これには、ゼルンバスの王も頷かざるをえない。

 ただ、数瞬の瞑目をしたのは、さすがに幼い兄妹を殺したことへの呵責を感じているからなのだろう。


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あとがき

ユニヴァース25ですね……

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