第153話 帰着、その後


 艦隊は無事に母星に帰着した。

 着陸したら、短くても1ヶ月の休暇である。

 艦を降りるまでは任務が続くという建前を超えて、乗り組んだ兵たちの顔は緩みっぱなしだった。


 だが、すぐに休暇にならない者たちもいる。

 機関部員、兵器管理部員たちは、まずはレポート提出である。艦の不具合の報告がきちんとされていないと、ドック入りした艦のメンテもされないことになる。こうなると、次の戦闘に出撃したときの自分の命に関わる。

 すべてのパーツの使用時間の一覧と、異常の一覧が作られる。例えば異音がしたならその音声ファイルが添付され、着陸してエンジンが切られればその自然冷却速度まで測る。それはもう徹底したものだ。


 戦闘指揮に関わる者たちも膨大なレポートが課せられる。

 軍全体のデブリーフィングの一環であり、戦訓として残されるため、こちらも手の抜きようがない。

 戦訓のデータベースが貧弱となれば、戦場で困ったときに救いがなくなる。


 軍医たちも艦内に負傷者がいれば、軍病院への引き継ぎに忙殺される。

 今回は多くの解放された捕虜たちがいるので、ギード軍医は事前に準備を進めてきたにも関わらず、寝る暇もない。

 まず、捕虜たちは隔離されることになる。専門家チームによって、詳細な検査がなされ、肉体的、精神的にクリーンと判断されないと自宅に帰ることはできない。それどころか、クリーンではないと判断されたら、残り一生を軍の病院に閉じ込められて終わることすらありうる。

 その判断を行う最初の診断所見である。忙しさと責任の重さで半死半生にまでなるのだ。


 さらに今回の捕虜たちは、極めて微妙な状況下にある。

 ゼルンバスの王の来訪は、マスコミによって報道されていない。何度も艦隊に被害を与え、あまつさえ壊滅に追い込んだ敵の首魁である。恨む者もいれば、売名を狙う者もいるだろう。そのような者たちに、みすみすテロを起こさせるわけには行かないのだ。

 そして軍機を守ることについて、艦の乗組員たちは信頼に足る。だが、元捕虜たちが変わらず信用できるかはわからない。なので、ゼルンバスの王が総統と会談を終えるまでの間、彼らは病院に閉じ込めておくことになったのだ。


 その結果、ギード軍医は架空の診断書を83通書く破目になった。正規の診断書83通とは別にである。

「いずれ、内部告発のネタにしてやるからな」と、これが166通の診断書を書き上げたギード軍医の捨て台詞である。本気でなくてもそう言いたくなる気持ちは、保安部員でさえ理解しただろう。


 そして最後に最も忙しいのが、ダコールとバンレートだ。敵国の王を連れてきておいて、休暇に入れるはずがない。

 今回、ゼルンバスの王は随行を1人しか連れてきていない。それも女性であるから、1日の全時間を費やすことなどできない。

 こうなると、対外的に機密になっている以上、ダコールとバンレートが護衛も兼ねて随行の仕事をせざるをえない。ましてや敵の首魁である。監視という目的も、ダコールとバンレートに押し付けられれば軍上層部としては願ったり叶ったりのうえ、「総統の命令を見事果たしたのだから、最後まで完遂せよ」との口実まである。


 だが、押し付けられる方としてはたまったものではない。口で言うは優しいが、実行するのには膨大な量の仕事をこなさねばならない。。

 艦隊司令としての任務と報告、護衛としての任務と報告、監視役としての任務と報告。しかも、すべて立場と報告先が違う。

 さらに総統に対する報告ともなれば、経路が相当に省略され決裁の手間は省かれるにしても時間はかかる。

 随行、コンシェルジェの任務に至っては、王と一緒にいること自体が仕事のうちである。

 どこにそれだけの時間があるというのか。いつだって、時間は限られているのに。


 結局、こうなるとマリエットものんびりとはしていられない。

 ここはさまざまな星からの出身者で溢れている。それに紛れるように毎日どこかへ数時間消え、そのたびになんらかの化粧品やらバッグやらの戦利品を抱えて帰ってきていたのが、ダコールとバンレートに無条件に協力するようになった。

 相当の量の金を持ち込んでいたらしいが、自由になる分を使い切る前に目の下にくまを作ったダコールとバンレートに気兼ねしたのだろう。

 マリエットの監視は軍保安部で行っていたのだが、彼らもその任務から開放されて安堵している。


 そして、いざ協力してくれるとなると、マリエットの優秀さは際立っていた。

 王の監視報告はさすがに見せられないが、その他の報告についてはあっという間に書式を覚え、自動翻訳の癖まで考えた代筆をしてくれるようになった。

 コンピュータは扱い慣れていなくとも、タイプライターはあったらしい。なので違和感なくキーボードに慣れてしまったのだ。

 提出前にダコールが目を通すものの、最初の何回か以外、ほとんどなにも書き加えることも消去することもない。その能力に脅威を覚えたバンレートがマリエットを称賛すると、「タイプライターは書き換えができません。いつもいつも一発勝負なんですよ。それに慣れているだけのことです」とこともなげに笑った。


 ダコールとバンレートは交互に徹夜を強いられていたのが、このおかげで昼寝で睡眠を数時間取ることすら可能になっていた。とはいえ、自宅のベッドは恋しい。

 ダコールとバンレートは、ひたすらに総統と王の会談日が来るのを待っていた。

 ダコール艦隊の休暇明けの仕事は王を連れ帰ること。そしてその後は、そのまま攻撃に移るのか、和平が確立していてそのまま帰るのか、そのすべては未知数である。

 それらが完全に終わるまで、自宅のベッドが温まることはないだろう。



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 あとがき

ああ、忙しい、忙しいw

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