第152話 航行
ゼルンバスのある恒星系の重力場から離脱するまで、艦隊はワープできない。ワープの際空間穿孔の際の重力波で、惑星軌道に大きな影響を与えてしまうからだ。
1度崩れた惑星軌道は、他の惑星とのコリジョンコースに入ることもありうる。こうなった恒星系に、経済的価値はもはやない。人が住む惑星自体に衝突しなくとも、特大の隕石が降り注ぐ惑星など使い道がない。
ワープ地点までの亜光速航行の時間、ゼルンバスの王とダコールは何度か共に茶を飲んだ。
互いに積極的に機会を作った、と言って良い。
直近の戦いで死者が出なかったこともあり、抵抗感は少なかったのだ。
元首会談に臨む前に極力情報を得たいのは双方とも願っていたことだったし、話してみると存外気が合ったというのもある。
互いに多大な犠牲を出した上の付き合いではあるが、そこに自ずから生じた温度差は立場の違いに依るものなのかもしれなかった。
王とは、優れていれば敵でも構わずスカウトするものだ。自国民を殺した数の多い敵ほど、憎しみつつも配下に置きたいというアンビバレンスな感情を持つものなのだし、臣下の者たちもそれを受け入れる。そのために恨みが優先されないのだ。
マリエットでさえ、ダコールに表立った敵意は見せていない。
それに対し、ダコールは国家の行政機関に属する一軍人としての意識の方が強い。考え方の1つとしてゼルンバスの王の言うことは理屈としては理解できても、理と感情の双方で納得はできなかった。
個人の才能を買われるということ自体が、裏切り以外の何物でもないと考えてしまうのだ。また、そう考えるよう訓練されているのが、育成コストのかかる今の軍人たちなのかもしれなかった。
そんな話のすれ違いもあったとはいえ、旗艦レオノーラでの生活にゼルンバスの王は無邪気に喜びつつも馴染んでいった。
まずは、3RS(Resource recycling and resynthesis system)でどのような好みのものでも合成される食事にマリエット共々驚き、艦内の自動清掃システムに驚いた。
意図したものかどうかは不明にせよ、そういった感情をそのまま見せる無邪気さがダコールの油断を呼んだのかもしれない。
他愛もない話の中で、「金なら、いくらでも輸出できるぞ」と言われた瞬間、自身でも呆れるほどの馬鹿面を晒してしまったのだ、
「金とは、金属の金ですか?」
聞き返す間抜けさをつくづく自覚しながら、ダコールは聞いた。
「他に金があるのか?」
そう反論されたダコールは、再び言葉を失った。
「ありませんね。
翻訳が間違っていないなら」
とはいえ、ゲレオン准教授の組んだヴィース大学の量子コンピュータの連想翻訳ブログラムの精度はかなり高いものになっており、こんな単純な誤訳はもはやない。
「輸出できるとは、貴惑星にはよほどに良い鉱脈があるのでしょうね。
ちなみにですが……。
金があるということは、他のマイナーメタルもあるのでしょうか?
例えば……」
と言いかけて、ダコールは金属名を羅列したところで翻訳できないことに気がついた。
文脈がなければ連想は働かないし、ニオブだインジウムだテルルだと今までの話題に出たこともない。
だが、金鉱脈では他のレアな金属も併せて産出されるのはよくあることなのだ。
ダコールの目の色が変わったのも無理はない。
宇宙艦隊はハイテクの産物だ。なにも電子部品だけではない。
ワープ明け直後の準光速の艦は、デブリの洗礼を受ける。直径数センチの小石が、2mの厚さの鋼鉄板を打ち抜くのだ。力場シールドもあるとはいえ、それを防ぐための複合装甲は、重さを減じる必要もあって素材工学の極致とも言える芸術品だ。つまり、多くの種類のマイナーメタルを巧みに組み合る必要があり、常時安定した供給が必要なのだ。
換金価値のある金に飛びついたなどという、単純な理由ではない。
ダコールは、マイナーメタルの件について総統あて至急の報告を書いた。
元首同士の話の中で、忘れてはならない議題となるだろう。
再侵攻の切っ掛けにすらなりうるが、元首会談は予定されてしまっている。まずは、そこでの調整が先となるだろう。
そのあたりで、艦隊は恒星系辺縁部までたどり着き、1回目のワープに入った。
それによって、ゼルンバスの王とマリエットは共に強い衝撃を受けることにった。
ダコールたち恒星間艦隊の乗組員にとってはあまりに当たり前になってしまったことではあるが、生まれたときから見慣れた星座が一変して無くなってしまう衝撃は理解できる。
人は、見慣れたものに愛着を抱き、安心感を得る。無意識にまで刷り込まれたそれを、いきなり失ったのだから。
2回、3回とワープを繰り返すうちに、ゼルンバスから見えていた一番明るい星すらが他の星に紛れ、消えていった。
拠りどころを失う心細さは、感情を持つ人間としては誰も変わらなない。すでに慣れたとはいえ、恒星間艦隊の乗組員たちにだって、最初の1回目はあったのだ。
裏を返せば、であるが、見慣れた星、見慣れた星座が近づいてくるに従い、艦隊乗組員の顔には安堵が戻っていく。単なる航行ではない、死を覚悟した戦争から生きて帰れたのだから当然のことだ。
それは、ゼルンバスに骨を埋めたいと言っていた元捕虜たちですら変わらない。会話も増え、館内の雰囲気が明るくなるのも当たり前のことだった。
マリエットは、その状況をじっと観察していた。
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あとがき
ホームシックは抜き難い病w
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