第151話 生活設計?


「ダコール総参戦司令。

 大学にいて一番の問題はなんだと思われますか?」

 ゲレオン准教授の話は、ダコールへの問いから始まった。


「よく聞くのは、人間関係でしょうか?

 いくら優秀でも教授には逆らえないと聞きますが……」

「問題と言えば問題でも、それはどこの職場でもある問題ではないでしょうか。

 ダコール司令も統幕には逆らえないのでしょう?」

「まあ、そうですね」

 ダコールは苦笑いし、横のバンレートまでが笑った。

 共に脳裏には査問委員会が浮かんでいる。


「結局は、学生を教えること、これが問題なのです。

 大学には研究肌の人間もいれば、教え魔の人間もいる。だが共通しているのは、結局は自分の時間が惜しい中で、やる気のない学生に取られる時間ほどもったいないものはないということだ。

 何度も追試を行い、酷い答案を採点し、締切に間に合うよう教務に報告する。そのために、フィールドワークの季節は制限されるし、本来単位を与えるかどうかの判断は任されているはずなのに、単位を落とす学生が増えると教務から白い目で見られる。

 向学心のある学生なら歓迎だが、我がヴィース大といえども、そのような学生は半数に満たないのが実情だ」

「わかるような気がしますよ。

 学費を稼がねばならないと考えるうちに、その方が面白くなったりしますから……」

 と、これはカスパール少佐。なんだかんだ言っても、ここに戻ってこれたこと自体は嬉しく、口が滑ったのだろう。


「ところが、です。

 ゼルンバスのマルーラの学院では、多くの学生が熱心に学んでいました。

 これほど教えるということに充実を覚えたことはない。そして、その熱心な学生たちが手伝ってくれてフィールドワークに出られる。研究対象はいくらでも目の前にある。それも極めて特異性に富んだ対象だ。

 どうです?

 私に帰る必然がありますか?」

「研究論文の発表の場がないのでは?」

 すかさずバンレートが突っ込んだ。


「そんなのは些細なことだ。

 ポストを得るために論文を書くという必然が、ゼルンバスにいると決めればそもそも生じないのですよ。論文のための論文が書けるんです。

 まぁ、学会への発表はできなくなるかもしれない。だけど、私が超空間通信で論文を一方的に送り付けたとしても、学会は無視できないでしょうね。

 仮に学会で無視され忘れ去られたとしても、私の名はゼルンバスの社会のあり方を初めてまとめた者として、この王国には残るのです。つまり、学究心も生活も、名誉欲さえも満たされるなら、母国にしがみつく必然はない。

 もちろん、愛国心というものは私にもある。だから、総統とゼルンバスの王に和平を目指していただけるのであれば、これほど喜ばしいことはないのです。

 どうです?

 私は、洗脳されていますか、ダコール司令?」

 ゲレオン准教授は真正面からダコールの目を見た。


「話はわかりますが、細かな生活習慣とか、長く暮らすとどうしても気になってくるのではないでしょうか?

 そのあたり、不安は感じませんか?」

 ダコールは、論理の筋道を変えてゲレオン准教授に聞いた。できあがった論理に対抗する愚を悟ったのだ。


「失礼ながら司令、私の専門は宇宙文化人類学ですよ。

 フィールドワークの経験も長い。

 これでも、生まれた地と異なる生活習慣の中で生きることには慣れているんです」

「……それでも、生まれ育った地の食べ物とか、故郷と切り離せないものもあるでしょう?」

「そこは、カスパール少佐が」

 ダコールの問いに、ゲレオン准教授は笑いながら横を見る。

「どういうことだ、カスパール少佐?」

 ダコールの問いに、カスパール少佐は臆することなく笑って答えた。


「退役したら、ゼルンバスの王都マルーラで店を開きたいと思いましてね。

 同じような人間が生きている星だけあって、食材も代用できるものが多くてですね。故郷のケーゼトルテチーズケーキとほぼ変わらない味のものが作れるんですよ。

 したら、マルーラの住人に好評でして、捕虜村に行列ができるようになりました。

 司令には大変申し訳ないのですが、砲雷科運用長以上に私は上れません。士官学校を出ていない私が少佐とは、それはもうあまりに出来すぎなんです。で、おわかりのように砲雷科は一生勤められる場ではない。耳も目もやられてしまいますからね。

 ま、故郷に帰っても、親はいないし許嫁もいない。

 ならまだ隠している菓子のレシピもありますし、移住しても一生食うには困らないでしょう。

 なんせ、ゼルンバスに病気はないんですから、ピンピンコロリと逝ける。老後を過ごすのにこれほどいい場所はないんです」

 カスパール少佐の返答に、ダコールは俯いて自身の鼻梁を指先で揉んだ。

 結局、なにも言い返せなかったのである。


 それでも「洗脳されているんだ」と言い募ることはできただろう。だが、あまりに無意味だ。そして、「なんでそこまで必死なんだ」と問われてしまう失態は避けたい。


「で、これを貴国では洗脳と言うのかな?」

「陛下、もう結構です。

 申し訳ありませんでした」

 王の意地悪い問いに、ダコールはあっさりと白旗を上げた。


 これで「ゼルンバスの王が人格者で」とか、「命を賭して忠誠を尽くしたい」とか言い出したなら対処のしようもある。洗脳といえど、本人はどこかで違和感を覚えていたりすることも多いから、そこを突くこともできた。

 だが、とくとくと生活設計を語られるとどうしようもない。それどころか、「ゼルンバスに病気はないから老後に最適」などと言われた日には返す言葉が見つからない。ダコール自身でさえ、「ちょっといいな」などと思ってしまったのだ。

 もっとも、自分がそれを許される立場でないことは重々承知している。

 なにはともあれ、これではギード軍医を同席させたとしても、違和感を突くことはできなかっただろう。


 これを洗脳だとしても、本格的になんとかするのであれば専門家のチームが必要だ。前線の艦内でどうにかできる事態ではない。

 だが、強いて言うならば、母星に帰る道すがらにこの者たちがテロを起こす心配がないことだけが慰めだった。



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あとがき

それ、単なる移民希望ww

バルトの楽園ですねぇw

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