第150話 交渉
ゼルンバスの王は語る。
「貴国においても、戦争は戦闘自体が目的ではない。
まずは、政治目的であろうが。
移民先の確保、経済的利益、そのあたりが貴殿の目的であろう。
我が惑星からそれらを得ようとするならば、問答無用の攻撃よりもまず使者を立てて交渉されればよかった。そうであれば、互いにこれほどの損失はなかったのだ」
王の言葉は至極当然のことを言っているようでいて、実は後出し論である。
だが、ダコールにそれを指摘することはできなかった。
最初に攻撃したのはダコールである。そして、中世の街並みから蛮族掃討と、舐めてかかったなどと言えるはずもない。また、街のエネルギー収支が辻褄が合わないからなどと言えば、考察できぬから攻撃したのかと正論で逆ねじを食らう。
自らの価値を落とすようなことは言わぬに限る。
罠に掛かる前に、ここは折れて見せるしかない。
「弁解のしようもありません。
ですが、貴惑星がこれほどのものとは、誰も予想だにしえず……」
と、ダコールが言葉を発するのを王は無視した。
「なのでな、貴国の総統に我が意思を強要するために、余はここに来ることを決めたのだ」
この言葉でダコールは、ゼルンバスの王の身柄を徹底して保護する側に回らざるをえなくなった。
惑星元首間の交渉が行われるというときに、一軍人であるダコールがなにかできようはずもない。そして、今の王の言葉は、その交渉相手としてダコールは眼中にないと公言されたに等しい。
そして、未開の蛮族の王であるならともかく、戦果からして同等の国力を持つ相手なのだ。
こうなると、ダコールは護衛以外のなにをしても、分を超えていることになってしまう。軍といえども、行政の一機関に過ぎないのだから。
「わかりました。
母星に王の言葉、伝えさせていだきます」
ダコールはゼルンバスの王に対し、丁重に答えた。
「それはそうと、ご同行されているのは王妃さまでしょうか?
まことに忍びなきことながら、艦内では不自由をおかけすることに……」
「違う。
我が国の内務省の長である。
貴国と交渉するにあたり、必要な人材を連れてきたのだ。
貴君たちは、初見ではないはずだが……」
そう言われて、ダコールは更に驚いた。
見事な栗色の髪、紫の瞳はゲレオン教授が最初の交渉に赴いたときに見た覚えがある。だが、これがマリエットと名乗る女性だけの特質なのか、王宮にいる貴族階級の女性に多く見られる特質なのかはダコールには知る由もない。
また、他惑星との交渉の場に外務の人間ではなく内務の人間を連れてくるということは、行政管轄ではない繋がりで連れてきたのかもしれないと気を回したのである。
ということはつまり、このマリエットという女性は相当のやり手だということになる。
「では、紋様でものを送るような技術にも精通していらっしゃる?」
「いいや。
繰り返すが、このマリエットは内務省の長である。魔法省の人間ではない。
ゆえに魔術は使えぬ。生体解剖してもなにも出てきはしない」
「そのようなことはいたしません」
そう答えてダコールは、「生体解剖すれば、魔術師がどういうものかわかるのですか?」という問いを奥歯で噛み潰した。
「そもそも魔術師は国の宝ぞ。
国の外へ出すようなことはせぬよ」
たしかにそれはそうだろう。
こちらの艦隊への攻撃要員でもあるはずだからだ。
だが、魔法省という言葉が出たことに、ダコールは内心で緊張していた。自動翻訳端末の不適切な翻訳ということもありうる。
とはいえ、いくらかでも言葉を解しているゲレオン准教授が口を挟まないのだから、そう間違った翻訳でもないのはたしかなのだ。魔力が国力なのだとすると、これは今回の戦争の核心に迫る情報である。だが、ダコールはそれを問い詰める立場を失ってしまっている。
ともあれ、今の話をする限りにおいて、ゼルンバスの王は完全に実務訪問を目指しているということになるし、問題は言外の言わなかったことである。
魔術師は国から出さない。
つまり、この惑星は戦闘態勢を取り続けているということだ。
そして、それが意味することは、さらに王自身が来たことを考え合わせれば、すでに敵の惑星の政治機構は複線化が完了しているということだ。王を殺されたとて、痛痒を感じないだけの体制を整えてきているのである。
これは、王制という世襲が可能な統治体制ゆえにできたことだろう。
投票が必要となる政治体制では、とてもできぬ芸当だ。ダコールの母星の総統とて、投票の上に成り立った合法的存在である。自らの任期を延ばす法改正はできても、息子に相当の地位を継がせることはできはしない。王制貴族制を立ち上げるとなれば、総統を支持している国民も確実に反対に回る。
ダコールは話題を変えることとした。
「お返しいただいた捕虜の面々は、総統との面談後、真の意味でお返しいただけるのでしょうか?」
「余が、未だ返していないような物言いではないか」
「ここにいるゲレオン准教授もですが、この艦にいたときとは違う人間になってしまっているか、と。
責任者として、憂いなく我が部下たちを親元に返したいのです」
王の韜晦に、ダコールはさらに突っ込んだ。
「そこに問題は生じぬよ。
一時は我が国に心酔したとて、自国に戻り日常に支配されればそれが当たり前になろうというもの。こちらとて、その先まで面倒見きれぬわ」
「間違いありませんな?」
「くどい。
ゲレオンよ、そしてカスパールよ。
そなたたちは、すべてが終わりしのち、我がゼルンバスに骨を埋めたいと申しておったな。その理由をダコール殿に申し述べるのだ」
ダコールはあまりのことに、人格破壊のおぞましい結果を聞かされることを覚悟した。
だが、ゲレオン准教授とカスパール少佐が語ったことは、ダコールの想像を超えていた。
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あとがき
ほんに、戦争は勝ってこそ、ですねぇ。
ドローになれば、対等のテーブルにつくことに……。
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