第149話 捕虜帰着


 とりあえず汎用輸送機2機は、あっけないほどになにごともなく帰還してきた。

 開放された捕虜たちは、輸送機の格納庫で整列し、その場を取り仕切った保安部長に帰着の報告をした。

「砲雷科運用長カスパール少佐及び82名、戻ってまいりました。

 未帰還1名、船務科航海員のボニファーツ中尉」

「ボニファーツ中尉は、敵に殺されたのか?」

 それに対するカスパール少佐の表情は複雑なものだった。


「……自死のようなものです」

 死んだ方がいいと宣言したがために敵に前に出ろと言われ、カスパールが止めるのも聞かず前に出て殺された。

 今でもカスパールは、あの場で前に出なかったらボニファーツは生きて帰れたと思っている。


 捕虜にされて、最初の手酷い洗礼を受けたのちは、その扱いは決して悪くなかった。飢える、渇するなどということもなかったし、身体も洗えた。あまつさえ、礼をもって教えを請われ、師として尊重されすらした。

 自分が洗脳されたとは思わない。だが、理と情の両方から、自らの陣営よりも人道的と判断せざるをえない部分もあったのは事実だ。 


 そこで、保安部の1人が叫んだ。

「……計算が合わない。

 85名いるぞ!」

「ばかな!?

 輸送機に乗り込むときに点呼をとったぞっ!」

 とのカスパール少佐の声に、開放された捕虜たちを囲んでいた保安部の兵が銃器を肩付けにした。

 捕虜たちは両手を上げる。

 あまりに当然のことながら、ここまで来て味方の弾で死にたくはなかった。


「ダコール司令と話したい」

 捕虜たちの真ん中から、重々しい声が響いた。

 ゲレオン准教授である。


 捕虜たちが2つの群れに分かれ、その間の空間に3人の人影が残った。

「だれか?」

 保安部の部長の誰何に、引続きゲレオン准教授が答えた。

「お前たちの攻撃対象の惑星の、王の中の王、ゼルンバスの王。

 そして、随行の内務大臣、マリエット」

 その声に合わせて、小柄な方が帽子を脱ぐ。とたんに、栗色の髪が滝のように流れ落ちた。


「保安部長、自動翻訳端末をお願いする。」

「すぐに用意する」

 ゲレオン准教授の要望に、1分も経たぬうちに翻訳端末が用意された。

 同時に、ダコールにも事態の報告がされている。


「総作戦司令ダコールがお会いしたいと。

 副司令のバンレートも同席させていただきます。

 どうかこちらへ」

 保安部長が先に立って案内した。

 ゼルンバスの王を名乗った男がそのあとに続き、マリエットとゲレオン准教授がそのあとを追った。さらにカスパール少佐までがあとを追う。


 保安部長は、一時は王を名乗る偽者とも思いはしたが、あまりの威圧感に気圧され素直に案内してしまっていた。

 緊張のあまり、ここまで乗り込んできた目的など、推測する心の余裕などどこにもなかった。

 

 

「総作戦司令ダコールです。当艦隊の責任を負うものです。

 狭い密室でも気詰まりでしょうし、とはいえ、惑星元首を迎えるような設備もありませんので、ここで」

 とダコールが自動翻訳機を通して座るよう促したのは、艦内のカフェテリアの一画である。

 士官用に誂えられた空間で、艦内で唯一観葉植物が飾られていた。


 当然のことながら、ダコールは相手を信用していない。

 いきなり襲われることもありうる。そのときに狭い密室だと、保安部員も対抗しかねる。だが、ある程度の広がりがあれば、狙撃も可能だ。相手の意図が掴めるまで、否、掴めたとしても相手を信用する気はなかった。例え、相手が王と呼ばれる立場の者であってもである。


「余はどこでも構わぬ。

 貴殿と話ができるであれば、な。

 もう1つ言っておこう。密室外交は好まぬ」

「わかりました。

 うかがわせていただきましょう」

 鬼が出るか蛇が出るか、という気分にダコールはなっている。


「まずは、貴殿の国家の総統と話したい」

「我が総統も王を歓迎することでしょう。

 共に星の海を越え、我が母星までおいで頂けることを嬉しく思います」

 ダコールはそう応じながら、総統の命令があっけなく果たせたことに半ば呆然としている。

 王自身自らの来艦に加え、ダコールの予想の中になかった事態が続いているのだ。


「続いて、こちらの言いたいことを先に言っておこう。

 誤解は避けたいからな」

「はい」

「余を害しようとすれば、この船は沈む」

「予想はしておりました」

 そもそも、その予想と覚悟の上で捕虜を回収したのだ。

 そこに敵の王がいたとしても、危険度はもうこれ以上は上がらない。


「我が国は未だ余力は尽きず。

 尽きぬ今だからこそ、ここに来た。

 その証しに、貴殿らの放った囮の箱、すべて中が水で濡れているはず。特に、この艦を模したものは急所部分がな。

 だが、このような脅し合いと駆け引きで互いに損耗し、殲滅しあっていてもあまりに不毛というもの。

 前回は、この艦以外生き延びたものはいなかったはず。

 我々とて無傷ではない」

「なるほど。

 仰ることはよくわかります」

 ダコールの答えに、王は鷹揚に頷いた。


 その姿は、とても敵陣に乗り込んできた孤独な王には見えない。おそらくは、回収した捕虜たちがことあれば王を守る盾となるのだろうし、魔法陣もいくつも持ち込んでいるのだろう。


 そうなると、王1人とダコール自身を含む乗組員ごとの旗艦、どちらが重いかダコールは突きつけられていることになる。

 そして、ダコールは自滅という選択肢は選ばないし、このゼルンバスの王もそこは見抜いているのだろう。



「貴国ではいくさの定義はどのようなものかな?」

 続けてゼルンバスの王は、ダコールに問うてきた。

「戦争とは、政治目的を実現させるための手段、行為ですな。相手に我が意思を強要するために行う力の行使とも言えましょう」

「ほう、興味深い。

 我々とほぼ変わらぬ。

 ときにダコール殿。貴殿の作戦はこの定義からするに、相当に早計であったとは思わぬか?」

 そう問われて、ダコールは返答に窮した。

 敵の王がなにを言いたいのか、とっさに掴めなかったからだ。それだけダコールは気圧されている。



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あとがき

まさかの王駒無双w

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