第148話 捕虜無条件解放


 膝をついたフォスティーヌを見た王は、逆に玉座から立ち上がった。

「捕虜とした者たち全員を王宮の中庭に集めよ。

 なお、ゲレオンに以下を大書させよ。敵に文を送るのだ。中庭から掲げれば、勝手に相手が読もうぞ。

『存亡を賭けた勝敗を決する前に、捕虜の返却を行いたい。

 迎えの船を寄越されたし』、だ。

 急げ!」

 打ちひしがれていた玉座の間の面々が、再び立ち上がった。

 たとえ敗戦処理であろうと、彼らにはそれを完結させる義務があった。



 − − − − − − − − − − − − − − − − −


「敵王宮に白旗が!」

「メインスクリーンに映し出せ」

 オペレーター士官の報告に、ダコールは物静かな声で応じた。

 相手が余力を残しているときの降伏の申し出など、素直に信じることなどできはしない。今までの経緯を考えれば、降伏交渉を罠に使うぐらいのことを考えない敵ではない。仁義の話ではなく能力の話としてである。


 拡大され、大型スクリーンに映し出された白い布は、単なる白旗ではなかった。文字が一面に書いてある。だが、小型スクリーンでは画質的に潰れて見えず、オペレーター士官が先走ったのであろう。

「むぅ」

 その文字を読んだダコールは唸った。


「まさか……。

『存亡を賭けた勝敗を決する前に、捕虜の返却を行いたい。

 迎えの船を寄越されたし』、と。

 そんなことを言ってくるとは……」

 バンレートの目もメインスクリーンから離れない。


 ダコールもバンレートも、本音を言えば捕虜のことは諦めていた。

 たとえ救出作戦を考えても、敵の洗脳技術の高度さを考えれば、捕虜自体が救出部隊に襲いかかってくることすら考えられた。

 それだけではない。

 救出後も獅子身中の虫として、艦隊内部でテロに走る可能性すらある。

 心情として救いたいというのと、戦術的に危険という二律相反にダコールたちは悩まされ続け、安全保障を優先せざるをえないと判断していたのだ。


 だが、敵が交換条件無しで人質を返すと言ってくれば、人道的にそれは受けざるをえない。条件がついていれば、それを根拠に交渉を蹴ることもできた。だが、その選択肢も封じられてしまった。

 しかも、ここ第2連携戦術戦闘艦橋C.I.C.に詰めている士官たちですら、この敵の提案を無視して攻撃の続行を命じたら、その顛末を語る口を完全には塞げまい。


 戦局は有利なのに、一転してダコールは追い込まれていた。

 だが、悩んでいても仕方がない。

 迎えの船を出さないという選択は、最初から存在しないのだ。そして、捕虜の誰かがまたあの紋様を持ち込むとすれば、艦隊は一気に危機に陥る。

 その危機すら飲み込んで、それでも人質は取り返す以外の選択はない。


「艦隊全艦、そのまま動くな。

 囮艦隊、停止」

 ついにダコールが決断を口にした。


「意見具申。

 あれは単なる箱ですから、細かい制御はできません。

 一度止めたら射出時の運動エネルギーを失い、再び思うようには動かせません。停止させなない方が……」

 士官の一人が言うのに、ダコールは重ねて命令を下した。

「そんなことはわかっている。私自身が開発者だ。

 だが、それでも止めろ」

「了解、囮艦隊、停止」

「囮艦隊、停止。

 重力牽引開始」

 ダコールの命令が復唱されていく。


「非武装汎用輸送機2機に兵員輸送コンテナを装着させて、敵王宮脇に着陸させろ。

 パイロットは志願により任命」

「こちらから敵に対し、捕虜の受け取りに応じると連絡する手段がありません。

 戦地にコールサインもなしで、無事に防空識別圏を通り抜けられるでしょうか?」

「敵は見ている。今までのようにな。

 心配は不要だ」

 ダコールの言葉に、再び命令は復唱され伝えられていった。


 ダコールの心配は杞憂に終わった。

 輸送機から戦闘機に至るまで、パイロットたちは皆競って志願してくれたらしい。

 そして、10分後、軽い衝撃とともに旗艦レオノーラからパージされた汎用輸送機2機が飛び立っていった。


 その機を見守りながら、ダコールは思う。

 ひょっとして、本気で捕虜を返すつもりなのかも知れぬ、と。

 だとしたら、敵が精神的に依って立つところは、中世的騎士道というものなのかもしれない。いにしえの、戦争が合理よりもロマンをもって語られていた時代だ。正々堂々などという単語が「綺麗事」と馬鹿にされなかった時代……。

 良くもそのような価値観で生きる敵が、合理を突き詰めた恒星間艦隊にここまで対抗しえたものだ、と。


「汎用輸送機2機、月軌道と敵惑星の中間点を超えなおも飛行中」

「まぁ、なにごともないでしょうな」

 バンレートの言葉にダコールは頷く。

 だが、人質を回収したら、検疫を名目に何処かに閉じ込めなくてはなるまい。洗脳を解くにも人数的にギード軍医の手には余るし、1艦を使って母星に後送するしかないだろう。

 かなり大変だが、艦を乗っ取られないように幾重にも対策した上で、だ。



「こうこられると、敵を殲滅して良いものか迷いが生じますな」

 さすがに小声になってバンレートが言う。

「心情は理解できるが、捕虜解放自体がなんらかの作戦かもしれないぞ」

「重々、わかっております」

「そうだろうな。

 だから危険なんだ」

 理はわかっていても、心が動いてしまう。それをダコールは指摘したのだ。自分の心の動きからも、気がつかされたことである。


「副司令、少なくとも君と私は情には流されない。

 いいな?」

「心得ております」

「そろそろ輸送機が着陸する。

 旗艦艦長として、捕虜を載せて後送する艦の選定を頼む。

 そして、その艦の艦長には決して艦を乗っ取られないよう対策を命じろ」

「了解。

 検疫を名目として閉じ込める手を取りますが、軍医は同行させなくて良いですね?」

「もちろんだ。

 後送艦のワープと同時にこちらは戦闘に戻る。軍医は必要だ。

 母星にもこのことについて十分に伝えておくように。実際に生物兵器の感染源だったなど、洒落にもならん」

「わかりました」

 バンレートの返事に、ダコールは憮然とした表情のまま頷いた。



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あとがき

王様、なにを考えているのやらw

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