第147話 敗色


「我々には、最後まで戦う責務がある。

 考える義務がある。

 なにかまだ手はないのか?」

 王の檄に応えたのはレティシアだった。


「今までの戦いから、思うことあり。

 発言、許されたく」

「よい。

 早く話せ」

「ひとまず、大型魔素笛ピーシュは使わず、初心に戻ってはいかがかと」

「どういうことだ?」

 王の問いに、レティシアは答える。


「今回は、岩を送れば済むところまで大型魔素笛ピーシュを使い、いかに量を確保したとはいえ魔素を使い過ぎました。

 初心に戻り、霧を吹く程度の水を送りましょう。

 敵の欺瞞の箱、この中には敵の戦艦の内部が描かれております。その描かれた動力炉に少量の水を派遣するのであれば、簡易魔素炉と少量の魔素ですらできること。大型魔素笛ピーシュの30分の1以下の魔素でできまする。

 そして、これで欺瞞の箱にはなにも起きませぬ。ですが、これが敵の本物の艦であれば単なる水であっても負具合が生じるは必至」

「……なるほど。

 なにも起きぬということが肝要なのだな?」

「御意」

 レティシアの言葉に、王は顎の下に手をやった。


 対処はする。

 囮であることは見抜ける。

 だが、囮だと見抜いても、その囮は無傷で、こちらの動きは敵に知られずに済む。

 そして、魔素は大幅に節約できる。

 この星の魔術師ならば誰でもできる簡単な術であり、現実的と言って良い。

 これ案自体が敵の艦を落とせるわけではない。だが、先々に打つ手の範囲は確実に広まろう。

 ある意味、戦いのすべての情報を一元的に受け取っているレティシアだからこそ考え付けた案かもしれなかった。


 王は大将軍フィリベールの方を見やる。

 フィリベールは、王に目礼と共に軽く頷いてみせた。

 特に悪手となる要因も思いつかない。

 戦いは勢いに乗って攻める局面もあれば、ひたすらに耐え、凌がねばならぬ局面もある。その凌ぐ場でのこの案は、ほぼベストなものとフィリベールは判断している。

 

「よろしい。

 すぐにかかれ」

 王命はすぐに他の王室にも伝わり、実行に移った。

 これを一番喜んだのは、大型魔素笛ピーシュを冷やすためにバケツリレーをしていた面々だったかもしれない。



 レティシアの案を実行した結果、あまりのことが判明した。

 こちらに向かってくる敵の艦は、すべて例外なく囮だった。実際の艦は1つとしていなかったのだ。

「王の生け捕り、やはりこれこそが敵の主目的かと。

 そのために、我々にことごとく魔素を使い果てさせようとしているとしか思えませぬ」

「それは早計よ。

 余の身いかんに関わらず、魔素を使い果たさせるは当然の策ではないのか?」

「それはそうでございますが、今回敵は、あくまで力押ししてこなかったことが気になり申します」

 王は右手を顎の下にあてた。


 たしかに、王の心にも不思議な感情が芽生えていた。前回、ダコールの代わりに来た指揮官だったらこのような感情は持たなかっただろう。

 敵のダコールとやらは、こちらの策を見抜いている。

 こちらもダコールの策を見抜いている。

 その上での戦いは、デビュタント・ボール(初めての舞踏会)で初めて踊る男女のようなぎこちなさと信頼関係で結ばれている。


 考えてみれば、ダコールは前回来た指揮官のような無条件の鏖殺みなごろしの手段は取っていない。人質をも一緒くたに殺すような人間ではないのだ。戦いのシビアさとは別の次元で、である。

 また、この恒星系の太陽を破壊してしまえば、一番手っ取り早く戦いに勝利できる。だが、そのような手も取らない人間な気がした。だからこそ、こちらもここまで戦ってこれたのだ。


 そこへ、天眼通の術のアベルの声が響いた。

「敵、艦砲を斉射!

 およそ500」

「即、その弾を撃ち落とせ!」

 王はそう命じ、頭の中の想念を振り払っていた。

 もしかしたら和平の道もあるのやも知れぬ。だがそれは、勝敗を決した後でなければ成立するまい。今は戦い抜く選択しかありえぬ。


 初めての砲弾ではない。

 対惑星地表用弱装弾とか言っていたが、その威力は凄まじい。海に落ちたそれは大津波を起こし、沿岸の街を総嘗めにした。失われた船は未だに補充されておらず、交易に支障をきたしている。

 敵を誘い込むという利があったとしても、もはやこの星に落とすわけにはいかなかった。まして、500もの斉射で、1つか2つだけ地表に落とすというのもあまりに不自然である。かといって、5つも落として見せたら、被害が大きすぎて再起できなくなる。

 選択肢はない。


「撃ち落としましたが、引続き1500の砲弾が来ます!」

「我らが身をもって……」

 フォスティーヌの声が上がった。魔素が尽きるのを少しでも延ばそうというのだ。

「議論の時間はない。

 王命は変わらぬ。

 即、その弾を撃ち落とせ!」

 大将軍フィリベールの声が響く。

 王の意を完全に理解しているのだ。貴重となりつつある残存魔素を使い果たしても、これは防がねばならぬ。

 また、魔術師を半死にしてもならぬ。


「しかし、これで防げるのはあと1000ほどの砲弾のみ。

 魔素を使い果たしまするな」

 フィリベールの小声に王は頷く。

 だが、敵の本体が未だ月軌道の外にいる以上、手の打ちようがない。魔法陣を描いた旗艦があるにせよ、それを潰してしまったら次に続かないのだ。


「もはや、今をしのぐだけの戦いと成り果てたかもしれぬ。

 だが、敵の過失を見逃すな。勝利の寸前ほど、人は過ちを犯すものよ」

「御意」

 この返事は期せずして、フィリベールだけでなくその場にいた魔術師たちの口からも発せられた。

 アベル、リゼット、クロヴィス、レティシア、フォスティーヌの全員が敵を「視て」いるのだから、それは当然だったかもしれない。


 だが、息もつかせずに放たれた次の敵の手は、その一縷の希望さえ打ち砕くものだった。

「敵旗艦と同型艦、およそ1000が編隊を組み、月軌道の内側に侵攻!」

 クロヴィスの声に、玉座の間の全員が凍りついた。

 あまつさえ、クロヴィス、アベルの視界を共有した魔術師たちの狼狽は目に余るものがあり、フォスティーヌに至ってはついに床に膝をついていた。



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あとがき

ついに矢尽き心折れ……

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