第146話 詐術


 斉射3連、1500発の砲弾はすべて食い止められた。

「ただ今の斉射に対し、敵の対処を時間軸でグラフ化せよ」

 ダコールの命令に、第2連携戦術戦闘艦橋C.I.C.の士官たちがすぐに応じた。艦隊全体の練度は高くなくても旗艦の歴戦のオペレーター士官は生き残っていたし、あまつさえダコール艦隊再建時にその全員が戻ってきている。ダコールとバンレートが育て、その指示を理解し迅速にこなす艦隊の神経系は健在であった。


「右舷サブパネルに表示します」

 待つまでもなく、折れ線グラフがディスプレイに現れた。

 0.3秒から0.5秒ごとに、破壊のピークがある。

 ピークの数は15。1500発の砲弾は、100発ずつ撃ち落とされたことになる。

 ダコールにとって、敵は再び手の内を晒したことになった。


 前回、ディートハルト艦隊は敵の1斉射目で70の艦を同時に失った。

 さらに前々回、ダコール自身の命令した攻撃でミサイル100発を撃ち、30発ずつ撃ち落とされている。

 敵は確実に同時に対処できる標的数を上げている。そして、その方法も巧妙になっている。岩を対消滅炉に放り込むような荒い手段をとっていたのに、今回はダイレクトになんらかのエネルギーを送り込んできた。

 実体弾射撃からレーザーやビームを使うようになったということだ。


 おそらくは、一撃に使うエネルギー量も大幅に増しているに違いない。つまり、インフラも含めて敵の惑星全体で迎撃体制を底上げしてきているのだ。捕虜たちの知識も大いに活用されているに違いない。

 だが……。

 多寡が100門のビーム砲を持つ敵ごときに、恒星間艦隊の火力が負けるはずがない。たとえ、その100門がこちらの艦の装甲を軽く抜く威力があったとしてもである。ダコールにしてみれば、わざわざこちらの土俵に上がってきてくれてありがたいの一言に尽きる。


 ともあれ、敵は100発ずつ90回、すでに9000発を撃っている。

 そして、7000発あたりから節約を始めた。

 となると、キリのいいところで、敵は100門の砲で1門あたり100発ずつ撃つ体制を整えていたのではないかと推測ができる。1門あたり1000発ずつ撃つ体制を整えていたら、70発で節約は始めないだろう。


 こちらの艦隊が100艦で構成されているから、その10倍の迎撃体制を整えたというのもありそうなことだ。

 こちらが偵察衛星を出していたら、欺瞞情報を送り込むことでその10倍をさらに有効活用できていただろう。

 こりあたりの敵の素直さは、なりふり構っていられない総力戦の結果と、ダコールはすでに看破している。

 

 とりあえず、あと1000発を撃たせれば、この推測が正しいかどうかがわかる。

 いよいよ奥の手を出す時が来たのだ。

 だが、命令するときのダコールの顔は妙な形に歪んでいた。

「仕上げだ。

 陰の艦隊、1000艦を出撃」

「陰の艦隊、1000艦を出撃」

 命令を復唱したバンレートも、失笑を禁じえていない。もちろん、オペレーター士官たちも笑みを含んだ微妙な顔をしている。

 こんな単語を口にするのは、高級軍人としてあまりに恥ずかしい。それでも、敵に対する詐術のトドメとして、言ってみたい誘惑に抗しえなかったのだ。


 自動組立てされる囮の金属の箱が、再び放出された。その数は1000。

 モノ自体は、先だって放出された囮と同一のものである。だが違いが2つある。

 1つ目はホログラム投影機が箱の中だけでなく外にもあること。2つ目は、箱の中の3Dで描かれた艦内の対消滅炉がより詳細に描かれていることだ。

 それが作動し、レオノーラが1000艦が現れた。


 それこそ小細工のように見える手ではあるが、ダコールとしては考え抜いた作戦ではある。

 過去の戦いにおいて、敵からのレーダー波は1度たりとも探知されていない。だが、確実にこちらの姿は捉えられている。厳密、精密にと言って良いほどだ。

 となれば、なんらかの光学的観察に依るしかない。

 これがダコールが戦訓から得た結論である。


 ならば、レーダーでは簡単に見抜ける手段ではあっても、光学的には見抜けぬ手を考えるのは理の当然である。

 そして、敵の攻撃は極めて効率的である。前回、前々回とも、対消滅炉をピンポイントで狙ってきた。そして今は、捕虜から情報を得て、さらに艦奥深くの弱点を狙ってくるだろう。すなわち、反物質ペレットを保管する閉じた磁気空間庫である。本来ここは異空間であり攻撃するのは不可能だが、炉に反物質ペレットを入れるための経路だけは塞ぎようがない。

 そこから庫内に小石でも霧吹きで噴く程度の水でも放り込まれたら、それだけで艦は四散する。

 だからこそ、そこを詳細に描いて見せてやるのだ。


 おそらは、敵が7000ほど囮を落とした段階で迎撃をやめたのは、エネルギーの節約と効果がないのを悟ったのと、さらにもしかしたら艦内構造に違和感を覚えたからかもしれない。

 そこへ、納得のいける囮を送り込めば、喜んで撃ってくるだろう。逆に、疑義を感じても撃たざるをえない。


 いくら捕虜たちから情報を得たとしても、1から発電システムを構築してレーダー網を張り巡らせるまで行くのは不可能である。

 結局は、従来の観測手段の強化に留まるはずだ。そこを突くのである。


 姑息であることは自覚している。

 また、嫌というほど相手の弱点をあげつらっていることも自覚している。

 だが、これが戦いのもう1つの本質でもあるのだ。



「陰の艦隊」と揶揄された旗艦レオノーラの群れは見事な編隊を組み、月軌道の内側に進撃していく。

 映像記録に残しているが、それこそ何度でも見返すであろう眺めであった。ダコールたち、恒星間国家の軍人ですら、パレードですら見たことがない光景なのである。

 ハリボテでなかったら銀河ですら滅ぼせると、戦闘艦橋C.I.C.の誰もが感じていた。



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あとがき

相手の痛いところを叩く、これが戦いww

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