第145話 詰戦


「7000の囮を破壊したところで、敵の攻撃、止まりました。

 現時点での囮の展開数13000。徐々に敵母星に近づいています」

「もう止んだか。案外早かったな」

 バンレートの感想に、ダコールは頷く。


 そこへ、さらに報告が入った。

「シャワーブースの紋様、完全に消去しました」

 これは、紋様の描かれた天井の部材を撤去し、破断した上で宇宙空間に放り出したのだ。文字どおりの「完全に消去」だ。

 敵の技術水準がわからないため、徹底した対処をしたのである。


「結構」

 ダコールの了承は、本来なら行われるいくつもの手順を省略したものだ。

 当然この報告は、艦のことなので艦長であるバンレートに対して行われる。その上で、戦略に関わることなのでバンレートがダコールに報告する形となる。ダコールはたまたま同室にいたから報告を聞いた、ということになるので、ダコールが直接報告に対して了承を与えるのは本来筋が違う。

 むしろこういうことは、ディートハルトの方が厳格だっただろう。


 だが、これによって旗艦レオノーラの第2連携戦術戦闘艦橋C.I.C.は、本来の主が戻ってきたのを証明するように淡々と静けさを保っている。バンレートも自分の職域が侵されたのであれば抗議もするが、結局は手順を省略しただけなので筋論を振り回すようなことはしないのだ。

 敵が最後の一撃まで撃ち尽くしたとは思えない。まだまだ余力は秘めているだろう。戦闘は継続しており、ダコールは静けさを欲している。


「全艦全砲門発射用意。弾種は対惑星地表用弱装弾。

 一斉射のみ行う」

「戦果評価はどうしますか?」

 ダコールの命令に、オペレーター士官の1人が聞く。

 当然の質問である。

 今回ダコールは、偵察衛星も大気圏内ドローンも出していない。これでは、目標に着弾したかすらわからない。


「不要だ。

 構わず撃て」

 一見しては極めて乱暴な命令である。戦争における戦闘行為とは決して勢いで行うものではない。

 だが、ダコールの目的は攻撃ではない。発射された対惑星地表用弱装弾の振る舞いを見ることで、偵察に替えるつもりなのだ。敵の余力を測る目的だけなら、肉眼による観察で十分である。

 偵察衛星のシステムには今まで何度も入り込まれ、正しい報告が得られていない。確実に敵を追い詰めつつある今、敵にこちらから対抗手段を与え、自らの足を掬われるようなことはしたくないのだ。


「艦隊各艦、全砲門発射用意完了。

 いつでも撃てます」

 乗組員の練度はまだまだだ。発射用意ももう5秒は縮められるだろう。だが今は総作戦司令として、その5秒を織り込んだ作戦指揮を執ればいいだけの話だ


「結構。

 発射、今」

「全砲門、撃て」

「全砲門発射。対惑星地表用弱装弾およそ500、敵惑星到達まで約10秒で順次着弾」

 他の艦隊では、さぞや勇ましい口調で発せられる言葉であろう。

 だが、ここダコール艦隊では、恋人同士のささやきと同じ音量である。だが、もちろんその言葉にこもる熱量は同じように熱い。


「目視にて、地上での着弾を確認しろ」

 だが、ダコールの続いての命令は果たされなかった。

「……それ以前に、全弾爆発。

 敵惑星の大気圏内に入れた砲弾はありません。

 敵惑星の雲影に変化を認めず」

 士官の報告に、ダコールは表情を変えない。可能性の高い予想が当たったからといって、動揺するわけがない。


「案の定、だな。

 敵さん、まだまだ余力がある」

「そうですね。

 そろそろ、囮の価値を上げるためにを動かしますか?」

 バンレートの提案に、ダコールはモニターを睨み腕を組んだ。


 敵はすでに囮を見破っている。

 見破っていながら攻撃を止めずにきたのは、囮に紛れ込ませた本物の戦艦が怖いからだ。

 囮しか破壊できず、意味がないと判断すれば攻撃を止めるのは当然である。だが、ここで旗艦レオノーラが姿を現せば再び囮に対しても攻撃を始めざるをえない。問題は、敵が本物の戦艦をも破壊する力をもっており、相応のリスクがあることだ。


「今はまだ、相手をさらに追い込んでいく段階だ。囮は別の使い道がある。

 艦隊を動かすのは早い」

「では、敵の浪費を増やすためにどうしましょう?」

「当然のことを行うまでだ。

 全艦全砲門発射用意。弾種は同じく対惑星地表用弱装弾。

 斉射3連」

「全艦全砲門発射用意。弾種は同じく対惑星地表用弱装弾。

 斉射3連」

 バンレートはダコールの命令を復唱し、それから余計なことを口にした。


「相変わらず、石橋を叩いて渡りませんな」

「悪いか?

 私の指揮は、『消極的とは言わないまでも、臆病に近いまでの慎重さが見られ』るんだったよな?」

「あれはあの場だから言ったまででしょう!」

 あの場とは査問委員会である。ダコールに落ち度がないことを示すため、バンレートはあえてこう言ったのである。だが、それをダコールは覚えていて意趣返しをしたのだ。

 だがこのような軽口が出るのは、バンレートはこの場に戻れて嬉しかったからだし、ダコールにしても戦況が制御下にあるという自信からだ。


「今回、一兵一艦たりとも失いたくない」

「わかっております。

 敵の反撃が止むまで、矢弾が尽きるまで撃ちましょう」

 そうなれば、ミサイルより砲弾のほうが安いし数を積んでいる。無から有は生じない以上、敵の反撃はいつか止まるのだ。


「敵は前回、我々から捕虜を取った。

 それが敗因になるだろう」

 ダコールの言葉に、バンレートは無言で頷く。


 敵は捕虜から学んだ。

 従来の謎の空間技術に加え、捕虜からの科学技術を学んだ。こちらの言語さえ理解している節がある。

 だが、それゆえにダコールにしてみれば「読める相手」に堕した。

 それは、ディートハルト艦隊の壊滅への攻撃タイミングと手際の良さから読めていたことだった。

 読める相手を罠にかけることは容易い。

 また同じ程度に読み合いできるのであれば、機動力のある方が勝つ。理の当然である。

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