第144話 増派展開


「今から思うに、なぜ最初から1万を見せなかったかを疑うべきであった。

 慢心しておったわ」

 王の言葉に、大将軍フィリベールが顔を曇らせる。

 そこに気がつくのが自分の仕事であり、王の軍事上の補佐としての仕事である。


 波に乗っているときは率先して乗って見せ、「本当にそれで良いのか?」と王に危機感を覚えさせることすらするのに、今回は気が付かなかった。

 ただ、言い訳するのであれば、王自身を人質に出せと言われた焦り、魔法技術の明け渡しという絶対飲めない条件、その2つを出されたことで、そのあたりが飛んでしまったのだ。

 さらに言えば、こちらが捕虜にしたはずのゲレオンが敵側で話したという矛盾にも思考を取られた。つまり、こつこつと積み上げられた小細工にしてやられたのである。


 そして、この小細工は当然それだけでは済まない。

 なにか対抗できる手を考えねばならぬ。

「こちらを監視する敵のからくりが、まだ上空にあるのではないか?

 それを使ってなにか欺瞞を敵に送ることは……」

 フィリベールの声に、クロヴィスが視線を走らせた。


「残念ながら、からくり内の銅と礬素ばんそ(アルミ)は光っておりません。機能を失っているようです」

 その報告に、フィリベールは舌打ちを懸命に堪えた。


 焦りに焦っているフィリベールではあるが、捕虜を人質として敵前に晒すような提案はしない。そこまで我を失ってはいないのだ。敵が人質に価値を認めなかった場合、自ら切り札を失うことになる。

 落とし所がない行動はとれない。それが指揮権を持つ者の最低限の自制である。


「フィリベール。

 こうなると、敵の手に乗って、中から食い破ることを考えねばならぬな」

「王よ、まだ負けと決まったわけではござらぬ!」

「それは、負けが決まった陣営の者が言う言葉ぞ。

 おそらくはダコールのことだ……」

 王が言葉を紡ぐ前に、妙に事務的になったアベルの声が響いた。

「敵、もう1万の囮を増派展開」

 と。

 おそらくは敗北を確信し、それを周囲に察知されないための声だった。



 − − − − − − − − − − − − − − − −



「総作戦司令の読みどおり、奥の手を隠してましたな」

 バンレートの声に、ダコールは頷く。

 敵の反撃は徹底していた。囮は出すだけ潰されている。もっとも極めて安上がりに作ったものなので、いくら失っても痛くはない。3万用意しても、ミサイル2発分に満たなかったのだ。

 これで敵の資源を果てしなく浪費させているのだから、コストベネフィット比の良さは言うことがない。


 今回の侵攻にあたり、ダコールは戦略・戦術研究所と協議し、この囮を開発してきた。構想は決まっており、構造は単純である。今回限りの生産だとしても、FMS(フレキシブル生産システム)を使う必要すらない。軍需企業の三次元自動造形で十分である。


 その内側には、安物のホログラム投影機を入れ、艦内風景が見えるようにした。さらに、旗艦レオノーラに描かれた紋様の写しが描かれている。

 そしてその紋様は、ヴィース大学ライムンド教授のアドバイスに従い、微量分析技術で得られたデータによって同等の物質で描いた。

 さらに、紋様が描かれていない壁面もこの物質を塗布した。

 これは、敵からのレーダー波を1度たりとも感知し得なかったことから、未知の感知方法を敵が採っていると推測したからである。


 ライムンド教授は、この紋様がこの物質で描かれることに意味があるのではないかと言ったのである。ならば、その意味を打ち消すのは、この物質で描いた無地であろう。「魔素を地に落とす結界」などという発想ではなかったのだ。

 それに、どうせ吹付け印刷で仕上げるのだから、生産に問題はない。


 構造としては、スプリングを仕込み、折りたたまれていたものが宇宙空間に放出されたときに自動で組み上がるようにした。万の単位のものを人手で組み立ててはいられないからだ。


 わずか数日で3万の完成品が納品され、艦体発進準備は整った。

 もちろん乗組員も、である。


 ダコール艦隊の再建に伴い、バンレートは再配置を希望するか聞かれ、一も二もなく戻ってきた。被害を抑えながらも敵に損害を与え、その出方を観察をしてきた。それがようやく実を結ぶときなのである。戻らずにいられようか。


 ディートハルトの壊滅は、良くも悪くも再建ダコール艦隊の人員集めに良い方向で働いた。ダコールならば勝てるかもしれないという期待と、全滅したディートハルト艦隊の会稽の恥をすすぐという気概は、自らが生きて帰れないかもと弱気になった者との明確な色分けを可能としたのである。

 今のダコール艦隊に乗り組んでいる者たちに弱兵はいない。新兵ですら、ディートハルト艦隊に乗り込んだ親族の仇を打つという者が多い。これで心を折られたら最早二度と再建は難しいかもしれないが、今、そのようなことを考える者はいなかった。



 完成したこの囮の箱を満載し、ダコールは5日の余裕を持って母星を出た。

 その5日は、乗り組んだ兵たちの訓練に当てた。

 いくら意気が高くとも、基礎訓練とシミュレータだけの兵では実戦で使い物にならない。なので実際の艦で、ブラックホールを相手に模擬戦を行い兵を促成したのである。


 ブラックホールに吸い込まれる物質は速度を増やし、互いにぶつかり合って複雑な軌道を描き、重力場の影響もあって高度な射撃計算をしなければ命中しない。

 油断すれば重力場の影響で艦同士の衝突もありうるし、かといって速度を落とせばブラックホールに吸い込まれてしまう。


 実際には艦長などの上層部は艦体制御プログラムで安全は確保している。だが、それを知らない新兵たちは、文字どおり命賭けで初日の訓練プログラムをこなした。

 実戦の緊張の場ではいかに自らが使い物にならなくなるかを知って、彼らの顔と心に残っていた甘さが消えた。本当の訓練はそれからなのである。


 その結果、万全とも言えぬまでも、かなりの満足感を持ってダコールは作戦開始の命令を下すことができたのだった。



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あとがき

チェックメイトかなぁ。

まだまだ頑張れるのかなぁ。

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