第143話 欺瞞


 大型魔素笛ピーシュの純金の先端は、3連射のあとはうっすらと赤く輝いたままとなった。

 さすがに貯まった熱が大きすぎ、このままだと金が溶けて先端部分が自重で変形してしまうかもしれない。それどころか、溶融した金が流れ出してしまうことすら考えられる。

 だが、どうせ金を急冷しても焼きなましになるだけだ。水を掛けても問題はない。


 そもそも想定どおりならば連射の必要はなかったのだ。まさか前回の100倍もの数で敵が押し寄せて来る事態など、誰も考えていない。なので、対応は間に合わせになってしまうが、仕方ないものは仕方がない。


 とはいえ、現時点で月軌道の内側に入った敵戦艦はすべて撃破、四散させている。やや単調ではあるが、この繰り返しが続くようならば再び勝利の女神はゼルンバスの王に微笑むだろう。


 各地でバケツリレーのような間に合わせが始まる中、中庭から空を見ていた儀官からの報告が来た。

 曰く、「空を見上げていてもなにも見えない」と。

 敵の大型艦の爆発は、地上からも見えるほどの光芒を放つと捕虜からは情報を得ていた。対消滅炉には、隣接して反物質ペレットを保管する閉じた空間庫が設置されている。それが解放され、莫大なエネルギーが発生するのだから、なにも見えないのはおかしい。


 アベルとクロヴィスは、あまりの光芒で目がくらむことを恐れ、四散する艦を直接見ることは避けていた。そもそも月軌道外の艦は直接見えないし、敵艦内の魔法陣を通して大型魔素笛ピーシュの目標誘導はできる。また、敵とはいえ宇宙空間に放り出される人員を見たくなかったというのもある。

 だが矛盾が生じた以上、そんなことは言っていられない。


 改めて直接天を見やれば、多くの残骸が見える。何度見返しても、やはり見えている。

 だが、どことなく違和感を禁じえない。

 そこへ、第4斉射の魔素が放たれた。

 魔素のエネルギーは、目的に達すると熱に変換され開放される。岩を放り込む場合は対称滅炉を機能停止に追い込むだけだが、大型魔素笛ピーシュによる攻撃ではその熱が誘爆を生むのだ。

 だが……、ここで初めてアベルとクロヴィスは、予想通りの爆発が起きていないのを見た。


 敵は、金属の簡易な箱に魔法陣を描いて、それを艦に見せかけたのだ。

 当然、その攻撃を受けても金属の簡易な箱は爆散はしない。破片が飛び散るのみである。だから、中庭の儀官たちは空に光を認めなかったのだ。

 また、違和感の正体もこれである。残骸が少なすぎ、形状も単純すぎたのだ。


 だが、こんなことは可能なのだろうか?

 箱の内部には明らかに艦内風景があるのだ。

 アベルとクロヴィスの視野と疑問はそのままレティシアが受け取り、フォスティーヌの判断によってリゼットに転送された。その際にフォスティーヌは、さらにリゼットに対する指示も付け加えている。

 それを受け取ったリゼットは、王に対する礼の手間すらも省いて玉座の間を出て、ゲレオン准教授の元に走った。


 ゲレオン准教授は、リゼットの問いに即答した。

 ホログラム投影機と録音合成機、これだけである。ゲレオン准教授の母星では、共に娯楽の道具として安く買えるらしい。

 その概念を聞いたリゼットは、今起きていることのすべてを理解した。

 そのままリゼットは玉座の間に駆け戻った。


 リゼットが玉座の間を離れている間にも、大型魔素笛ピーシュの連射は続いている。

 リゼットはそれを止めさせるべきか一瞬迷ったが、報告を優先することにした。戦術の責任は自分には負えなないという判断であった。


 戦時に礼はない。

 そのままリゼットは、自分が看破した事態の正体を玉座の間で語った。

「敵の指揮官は、薄い金属の組み立て式の箱を大量に持ち込んだようです。

 その一面には正確に写された魔法陣が描かれています。こういうのを印刷と言うとか。万の単位でも1日で描けるとのこと。

 そして、他の面には魔法陣を描くのに使った金粉入り塗料がベタ塗りにされています。つまり、この玉座の間にもある魔素を通さない接地防壁です。

 この金粉入り塗料は魔術師のみが知る配合でしたが、敵の化学の知識によって即座に解析されてしまったのでしょう。

 そして箱の内壁およびその空間には、艦の内部が立体印刷され描かれているとお考えいただければ……」

「なんと、そのような……」

 うめき声はフォスティーヌである。

「魔素をかなり無駄に使ってしまった。これについては取り返しがつかない」


 リゼットの声は続く。

「乗員の話し声も、すでに録音されたものをからくりで再合成して流しているとか」

 続くリゼットの説明に、今度はアベルがうめいた。

「なるほど。

 最初に魔方陣が描かれた艦とそこに乗っている指揮官を見せつけ、再度現れたときは偽物だったというわけか。魔法陣があれば月軌道の外からでも見えるゆえ、そのまま見続けてしまった……」


 ただ、それはあまりに当然の行動である。アベルとクロヴィスは、大型魔素笛ピーシュの魔素の誘導が役割なのだから、視線を外すはずがない。そして、月軌道の外側の光景は本来見えず、魔法陣を通した艦內部しか見えていない。

 

 クロヴィスも今さらに事態を掴み、臍を噛んでいる。

「接地防壁まで使いこなすとは……。

 今よくよく見てみれば、艦の基幹部分しかない。されど中からは外が見えず、外からは中が見えず、そこに描かれた艦内を良いように勘違いさせられてしまった……」

 通常、天眼通の術でキャンパスに描かれた絵を見れば、その掛けられた壁まで見通すことができる。つまりごまかしは効かない。だが、見通せない絵は、そこにそういう立体があるのだと思ってしまいがちなのである。

 欺瞞として、あまりに良く考えられている。


「すぐに攻撃停止を」

 大将軍フィリベールの進言に、王は首を横に振った。

「それはできぬ。

 攻撃を止めたら本物が入ってくる。

 己を箱のように見せつけて、だ。

 二段構えの手、それがわからぬか」

 王の言葉に、玉座の間の全員が凍りついた。



-------------------------------------------------------------------------------------------


あとがき

デットエンド、ですなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る