第142話 開戦


「どちらにせよ……。

 敵がなにを考えようが、罠など食い破れば済むことよ。

 すなわち、勝ちさえすればよいのだ。

 そしてそのための手はすべて打っている!」

「応っ!」

 玉座の間の面々は、王の言葉にそう返した。


 実際のところ、今までの彼我の損害を比べたら、決してこちらの負けとは言えない。

 次も勝てる可能性は高い。

 だが不安は判断の齟齬を生み、勝利への遠回りを強いることになる。残りの時間、なにを考えたとしても今さら戦略の基本構図は変えようがない。こちらから攻めていくことはできないのだから、攻めてきたのを撃退するという単純な構図以外になりようがない。

 となると、その構図の中の最善は、敵の損害をいかに増やし、繰り返される攻撃の間隔をいかに空けさせるかに尽きる。不安は振り捨て、迷いなくそこを突き詰めるしかない。こちら側からは、それしかできないのだ。

 王はそう考え、迷いを振り切った。王だけではない。大将軍フィリベールも同じ結論に達している。


 いかに戦術的勝利を重ねても、戦略的勝利には決して結びつかない中で、それでも勝利のために机上演習は数限りなく行ってきた。

 敵はまだ魔法の具体的な在りようを知らない。そのために今まで耐えて、魔法による直接攻撃もしてこなかったのだ。大型魔素笛ピーシュが魔素を撃ち出すとき、今回の敵の策もまた粉砕されるだろう。


「各王室に、残りの時間を使い、抜かりなき準備を整えよと伝えい。

 フィリベール、フォスティーヌ、抜かるな」

 王の声に2人は頷いた。



 − − − − − − − − − − − − − − − −


 緊張が高まる中、捕虜から接取した時計の表示は進み続けた。

 そして、アベルが叫んだ。

「ふたたび敵戦艦、ワープ明けして現れました。

 敵艦隊の規模は前回と同じかと。およそ100!」

「位置は!?」

 大将軍フィリベールの問いに、アベルは答える。

 月軌道外側、直上から、こちらに向かって……」

 そこでアベルの声が途切れた。


「報告、どうした!?」

 フィリベールがアベルを見やると、天を睨んだまま絶句している。その横では、弟子のクロヴィスが脂汗を顔中から滴らせていた。


「どうした!?」

 今度は王の問いである。

 それに答えたのは、クロヴィスの視界を共有していたレティシアだった。

「敵の戦艦、およそ5000。とても数え切れません。魔法陣を描いた旗艦クラスの艦が、次から次へとぞくぞくとワープ明けしてきています。6000、7000、ああっ、これは……、これは間もなく1万を超える……」

「欺瞞ではないのか!?」

 王の問いは当然のことだ。


 捕虜たちから敵の戦力の情報は得ている。

 100艦を1艦隊とし、方面軍として各星域に派遣している。その数は12。前線の拡大に伴い24に増やす計画が立てられているが、未だ確定はしていない。

 つまり、敵の全兵力は、1200艦ということになる。それに対して1万はあまりに法外な数だ。

 なんらかの形で、魔法陣だけ複製したことも考えられるではないか。


 だが……。

「敵の文明は3Dコピーという手段で、同じものを果てしなく作ることに長けていると聞いております。また設計図があれば、100でも1000でも人手すら不要で自在に作れるとか。

 そして、今回のこと、どの艦に耳を澄ませても話し声が聞こえまする」

「たしかに、どの艦にも人が乗っているのが見えます」

 リゼットの言葉をクロヴィスが裏打ちし、欺瞞の可能性は一気に減った。


 玉座の間はなんともいえない雰囲気に包まれた。

 絶望までは行かぬものの、勝てるのかと誰もが不安にならぬ者などいないのだ。

 だが、王はその暗澹とした雰囲気を撥ね退けた。

「1万がなにするものぞ。

 敵は他の星系と違い、こちらにはそれだけの数を用意するしか手がなかったのだ。

 大型魔素笛ピーシュの配備は100。

 たかが1万、おのおので100斉射すれば済む数ではないか。魔素もそれだけの蓄えがある!

 みすみす逃さぬため敵を月軌道まで引き付けたら、休まず斉射を加え続けるのだ。一万のすべてを撃ち沈めずとも、半数落とすまでには敵は逃げる。

 よいなっ!」

 王の檄に、玉座の間の面々は顔色を取り戻した。

 おそらくは、簡易魔素炉で繋がっている他国の王室の面々も同じであっただろう。


「敵艦隊前衛のおよそ1000、月軌道に達しました!」

 アベルの声が再び響く。

「敵の数は多い。攻撃されたら対処しきれぬ。

 損害を被る前に攻撃を仕掛ける。

 大型魔素笛ピーシュ、斉射を始めろ。前衛は1隻も残すな!」

「御意!」

 この返事はフォスティーヌである。

 同時に、玉座の間付きの儀官たちが駆け出していく。肉眼で大型魔素笛ピーシュの戦果を確認するためだ。とはいえ、初めてのことなので見えるかどうか、それすらもわかってはいない。


 大型魔素笛ピーシュによって前衛が壊滅すれば、本隊は戦わずに逃げるかもしれない。初めて見る兵器による被害である。敵は慎重になるはずだ。敵の指揮官は用心深いダコールなのだ。そこに王は期待している。


「7、6、5……」

 秒読みが進む中、アベルとクロヴィスの視界がレティシア、フォスティーヌと受け渡され、大型魔素笛ピーシュに張り付いている魔術師に分配された。

 今まで単発の試射がされたことはあっても、斉射は初めてである。どれほどのものになるか、誰も知りはしない。期待と緊張感が高まる中、ついにカウントは

0となった。


「斉射!」

 フィリベールの声に、大型魔素笛ピーシュの純金の先端が赤く輝いた。

「敵前衛、100を撃破」

 クロヴィスの声の余韻が消えぬ間に次の斉射の準備が始まる。

 同じ目標を複数の大型魔素笛ピーシュで撃たないようにするため、再びアベルとクロヴィスの視界がレティシア、フォスティーヌと受け渡される。

「第2斉射、今!」

 再び、大型魔素笛ピーシュの純金の先端が赤く輝いた。



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あとがき

……100斉射、がんばれ、と。

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