第141話 降伏勧告


 天眼通の術の魔術師、アベルは天に光芒を見た。

 再び天からの敵が現れたのだ。

 すぐさま王宮に知らせを飛ばす。

 だが、アベルに不安はない。


 ゼルンバスの王の元、幾度となく敵を撃破してきたが、今ほど敵を迎え撃つ体制が充実していたことはない。魔素も魔術師も万全の体制であったし、さらには魔術兵器である大型魔素笛ピーシュすらも開発され、この星全体で100を超える数が装備されている。


 捕虜にした敵の兵たちは、最終的な改良を施した大型魔素笛ピーシュの威力を彼らの戦艦の主砲クラスと評した。すなわち。装甲と空間変位で守られた硬目標を撃ち抜く威力があるということだ。

 そして天眼通の術で目標まで魔素と魔術を誘導できる大型魔素笛ピーシュの命中率は100%だ。万が一にも外さない。こうなるとこれはもう、戦艦の主砲を超える兵器である。

 一斉射だけで100からの艦を確実に沈めるのだから、敵が宇宙各地に派遣している全方面軍を束ねて来襲してきたとしても余裕で勝てるのだ。



 ゼルンバスの玉座の間は、再び戦いの指揮の場となっていた。

 フォスティーヌを始めとする魔術師たちも揃っているし、直接の戦闘が起きることも考慮されて大将軍フィリベール以下の軍人たちの姿もある。

 さらに、各省の長も揃っていた。

 今回の戦いが正念場であることは、誰もが自覚していたのだ。


「前回壊滅させた敵が再びやってきた。

 彼らとて、並々ならぬ覚悟と準備で来たのは間違いない。

 辛い戦いになると思うが、彼らには再び教訓を与える。二度と来ないように、だ。報告させるための1艦を除き、すべて沈める。

 彼らが懲りるということを知っていていることを祈りたい」

 王の言葉に、列席の皆々は頷いた。


 そこへ、アベルとリゼットが同時に報告の声をあげた。

「捕虜のゲレオンの肖像が、敵の艦に!」

「我が師、ゲレオンの声が!」

「なにを言っている!?」

 そう聞いたのは大将軍フィリベールである。


 戦場が宇宙である以上、従来の軍の出番はあまりに少ない。

 とはいえ、再び敵艦への斬り込みがあるかもしれない以上、フィリベールの存在は絶対必要だった。

 また、王を補佐し、その戦略、戦術にものを言えるのも彼しかいない。


「降伏するときは、白い布を王宮の中庭に広げろと。

 そして、降伏の際には以下の条件を飲め、と。

 王自身の身柄の確保、こちらの魔法技術の明け渡し、と」

 リゼットの声が響くと、玉座の間は騒然となった。

 前回、壊滅状態に追い込まれたにしては、あまりの物言いである。

 同時に、「和平の使者かも」という一縷の希望は打ち砕かれた。


 さらにそこへアベルの声が続いた。

「敵の戦闘艦橋に座っているのは、ダコールと呼ばれている男です。

 あやつめ、戻ってきました!」

 さらに玉座の間のざわめきは増し、リゼットの高い声がその上に響いた。


「我らは現宙域を離れるが、1時間後に戻ってくる。

 それまでに降伏か戦闘か、方針を決めておけ。

 中庭に白布が認められない場合、我々は開戦の意思ありと見做す。

 以上だ」

「敵戦艦、ワープしました。

 見失いました」

 アベルの声が再び響き、玉座の間のざわめきは最高潮に達した。誰もが声を張り上げており、怒りと闘志、そして怯えが混在していた。



「静まれ」

 王の低い声が響く。

 王は、2回繰り返した。

 最初の1回で玉座の周りが、次の2回目で玉座の間全体が静まり返った。


「今、1時間と言ったな?」

「はい」

 リゼットの返答に、王は頷いた。


「彼らは、我々が捕虜から知識を得ていることを前提としているな」

「御意」

「だというのに、一方的に条件を突きつけ、必要なことのみ言い放って去った。

 前回より我々が強大になっている前提で敵は行動し、さらにこのような手を取る意味はなにか?」

 王の問いに答える者はいない。


「苦し紛れの欺騙である」などという、あまりに愚かな答えを言う者などいないのだ。その一方で、欺騙の可能性を除去すると、あまりに敵の考えていることは恐ろしいということになる。


 数瞬の間ののちに、それでも声は上がった。

「こちらのすべてを飲み込むほどの、圧倒的大戦力で攻めてきたのではないか、と」

「敵は星すらも破壊できると聞き及んでおります。一方的に太陽の破壊に走るやも」

 どちらにせよそうなったら勝ち目はない。

 場は再び騒然とし、手の打ちようがないことに誰もが思い至った。

 もはや降伏しかない。

 玉座の間を絶望の陰が覆う。


「まことにそれしかないのか?」

 歯噛みしながら問う王に答えのは、大将軍フィリベールだった。

「敵はあの用心深いダコールでしたな」

 さすがだった。

 誰もが絶望の思考の迷路に入り込み、敵が再び現れるまでの貴重な時間を浪費するところだったのだ。


「なるほど。

 我々をこう考えさせるまでが敵の手だと?」

「そういうことかと。

 ただ、これだと欺騙と対して変わりませぬ。

 敵もさすがにこれだけでこちらを降伏させられるとは思ってはいますまいし、我々の今の迷路に迷い込んだ状況が敵の目的とすると、いっそ今の時間を無為に過ごさせること自体が目的かもしれませぬ」

「どういうことか?」

 王は薄々気がついているのだろう。

 おそらくは、外務省の長のラウルも、である。それでも、王はフィリベールに考えを話させた。


「こちらが飲めぬ条件を出した上で、降伏勧告をしたという体裁を整えたいのが1つ。

 捕虜を取られている彼らは、本国の捕虜の家族に対して言い訳が必要かと」

「なるほど」


 ここでフィリベールはさらに続けた。

「さらに思い切った想像をすると……」

「なにか?」

「敵の目的は、我が王御身そのものか、と」

「余を人質とすると?」

「単に人質であれば、御身である必要はございませぬ。王妃でも王子でも良かろうかと。ですが、『王自身の身柄の確保』とことさら言ったからには……」

「余の洗脳でも企むか?」

「御意。

 本来戦闘とは、自らの意志を敵に強いる行為でありますゆえ」

 玉座の間は、再び静まり返っていた。


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あとがき

かき回されています……

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