第140話 70日


「艦隊の再編成に、70日は必要となる。

 艦の生産自体は三次元自動造形でなんとでも前倒しできるが、乗り組む人間はそうはいかない。志願者を募ったのち優秀な者をよりすぐったとしても、新兵基礎訓練だけで50日はかかってしまう」

 統幕の、査問委員会の元委員長の上官が連絡してきた。

 まさかダコールが返り咲くとは思っていなかったらしい。フォローしておかないと、次でダコールが勝った場合、自分の首が危ないと考えて恩を売りに来たのだろう。

 ダコールは、容赦なくその弱気につけ込むことにした。


「かまいませんよ。

 いくら船に守られていたとしても、戦いは人間の行為です。訓練の不十分な新兵たちだけで戦えはしません。

 ただ、本人の希望があればですが、旧ダコール艦隊の人材を戻せるだけ戻していただきたいのです。全滅したディートハルト艦隊の人事は、旧ユリアナ座方面軍ディートハルト艦隊からの横滑りが多かったはず。

 旧ダコール艦隊の生き残りは、ほとんど戦死していません」

「承知した」

 これで人材面でのダコール艦隊の立て直しは少しは早くなるだろう。


 ダコールはさらに続ける。今の要望は人事という軍内部の話で、予算を使うわけでもない。次の要望こそが本命だった。

 「新兵訓練で空いた時間を活かして、この戦いに必要な新兵器を建造いただきたいのですが、戦略・戦術研究所に話を通していただくことは可能でしょうか?」

「話は通しておく。

 だが、新兵器の開発などしていると、1年や2年、すぐに過ぎてしまうものだが?」

 その疑問はもっともだ。ダコールに対する個人的感情の有無に関わらず発っせられるものだろう。


「30日で確実に終ります。

 これがあれば、次は負けることなどありえません」

 ダコールはそう言い切った。


 その言葉は、却って不審さを買ったようだ。

 無理もない。

 今まで、どうにもこうにも思うように勝てなかった敵である。次は勝てるというダコールの言葉が、大言壮語でない保証はないのだ。


「今回の君の人事は総統の直々の声掛かりだが、次は勝てるのだろうね?

 次も負けると、統幕も揃って辞表を出すことになる」

 その声は、不信どころかどこか媚びるように響きさえあった。

 不審さに満ち満ちていても、総統と繋がっている相手にいやがらせはできないと思っているのだろう。


「ご安心ください。

 勝つための情報はすでに揃いました」

 言葉には出さないが、ディートハルト艦隊の全滅がすらもがダコールの確信の源だった。

 

 敵は謎の技術を行使しており、今までその作戦を読み切ることはできなかった。しかも、こちらの科学技術をみるみるうちに吸収し、自家薬籠中のものとしている。ゲレオン准教授を含む捕虜を取ったのも知識を得るためだろう。

 普通ならば、ますます手に負えなくなったと考えるところだ。


 だが……。

 実は、これは大きな矛盾を孕んでいる。

 敵は、最後までこの矛盾に気がつくことはない。ダコールはそこに絶対の自信を持っていた。



 − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 各王国では、軒並み金の価格が暴落していた。

 無条件に大量の供給がされたのだから、値崩れは当然のことだ。それは市井に隠し持たれていた金の放出をも促し、一時は鉄よりも安くなるほどの暴落を見せた。


 魔法具の工房は、未だかつてないほどの好景気に沸いていた。

 キャップを作るためには、大量の金箔を重ねなければならない。そのために金を箔に伸すために叩く音は日夜を問わず響き、キャップ自体も人力で運べる範囲での最大の重量という枠組みすら撤廃された。

 金が不足する心配がないのであれば、キャップを運ぶ必要などない。どこへでも置き足せば良いだけである。そして、運ぶことなど考えなくて良い据え置きならば、大きければ大きいほど良い。

 極めて単純な話である。


 魔素の吸集・反射炉も各地に続々と作られた。

 いくら魔素を貯めるキャップを作っても、太陽から降ってくる魔素を集めるためにはそれしか方法がないのだから当然のことだ。


 豊富な資材とエネルギーは、大型魔素笛ピーシュの開発を早めたし、さらにはその装備数も増やした。そして、その試射によって月軌道付近の小惑星を粉々に破壊したとき、最早この星の敗北を疑う者はいなかった。


 複数の大型魔素笛ピーシュが設置されるようになると、その連携運用については捕虜たちの知識、技術が大きく役に立つことになった。いくら大型魔素笛ピーシュの数を揃えたとしても、それらが同時にたった1つの標的に集中していたら意味がない。

 コンピュータによる標的の優先順位付け技術などないのだから、人力でルールを決めて運用するしかない。ただ、そのプロトコルだけは最新のものが使えるというちぐはぐさが、何人かの捕虜たちにため息を吐かせていたが、その意味を理解できた者は少なかった。


 閑話休題、ゼルンバスの王の指揮の元、この星は極短期間の間に敵を防ぎながら鉄壁の守りを固めることに成功したのである。


 それも形だけのものではなない。

 鉄壁の守りを経済的に保証する、産業構造の革新も進んでいる。この惑星に住む者たちの科学技術に対する理解は、本質的に極めて不十分なものであった。だが、リゼットが噛み砕いて翻訳できることで、その利点は理解され、急速にからくり師を始めとする職人たちの間に広がっていった。

 彼らにとって、経験則で行われていた自分たちの仕事に、初めて裏付けがされたのである。


 手を動かしてのものづくりの技が、それによって飛躍的に進歩したということではない。だが、理論的裏付けは彼らの自信を深めていたし、新たな技術的フロンティアへの挑戦意識をも高めていた。


 天からの敵に対し、「いつでも来い」という気概が惑星中に満ちていた。

 そんな70日が過ぎ、最終決戦は確実に近づいていた。

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