第136話 撃退
捕虜たちの知識は、ゼルンバスの戦い方に大きな影響を与えていた。
天からの敵の言葉はすでに判明している。
恒星間艦隊という概念、その持つ兵器、戦略、戦術、そういったものもかなりのところまで理解している。
天からの敵がワープという技術を使っているのも、原理はわからずとも現象としては理解している。これで戦い方が変わらないはずがない。
だが、捕虜全員の知識を束ねても、ワープ機関、そしてそこにエネルギーを供給する対消滅炉を作るだけの知識は得られなかった。ワープ機関のメンテナンス方法はわかっても、そもそものそれらを作る素材自体すらわからなかったのだ。
技術に関する知識とは、基幹に近づくほど一般には知られていないものらしい。
それでも、敵がどうやってここに来ているかすらわからなかったことに比べれば、大きな進歩である。
なので、敵旗艦レオノーラがワープ明けしてこの星系に侵入するのを、ゼルンバスの魔法使いたちはすぐに探知していた。艦内に描かれた魔法陣が、ワープ明けとともに反応するようになったからだ。また、未だレオノーラが月軌道の外であっても、魔法陣を媒介して情報が得られるのだからその精度は高い。情報の召喚派遣ができるからである。艦内での天眼通、天耳通、他心通の魔術の使用も自在だ。
艦の構造も、すでに捕虜から伝えられていた。
第1、第2連携戦術
それに対して一番喜んだのはゼルンバスの王だった。企みどおり、前回までの有能な指揮官を左遷されられたのだから言うことはない。
そして、慎重な人間の後釜により慎重な人間が来ることはまずない。大抵は猪突猛進型が任命され、人事の担当は過失を取り戻そうとするのだ。
だが、ゼルンバスの王にとっては、それこそが願ったり叶ったりだったのだ。
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さらにリゼットの声が、デビュタント・ボール(初めての舞踏会)の会場に響いた。
「全艦、全砲門、対惑星地表用弱装弾斉射まで20秒。
秒読み開始。
15、14、13……」
「艦隊配置は旗艦のデータモニターから読み取れるはず。
旗艦以外の艦、大きいものから順次撃沈を」
大将軍大将軍フィリベールの命令が下され、フォスティーヌとレティシアによって感覚共有された各国の魔術師たちは、一斉に魔素炉の前で派遣魔法の呪文を唱えだした。
「9、8、7……」
リゼットの声は続き、そこへアベルの声が重なった。
「敵のアーヴァー級戦艦ゲルダ撃沈、今。
引き続いて続々と撃沈が続いています。
……現時点ですでに7割の艦を沈め、さらに落とし続けております」
途端に会場は沸き立ったが、次の瞬間には静まり返る。この場にいる者たち全員が、魔術師たちの戦いを邪魔してはならないと、思い至ったのだ。
それからも続くリゼットとアベルの声に、会場の興奮は増していく。
だが、クロヴィスは無言だ。旗艦艦内を見るのに忙しく、艦外には視線を配る余裕がない。
旗艦艦内
レティシアも顔の紋様を拭き落とし、とはいえ完全には拭き取れずに斑のままの顔でクロヴィスの視界を読んでいる。他心通によって得たクロヴィスの視界を、レティシアはそのまま母フォスティーヌに送っている。リゼットの聴覚など、他の情報も同時に処理しているので、とてもではないが顔を拭くどころか声すら上げる余裕もない。
「魔法陣を設置したレオノーラは、最後の最後まで生き延びて貰わねば困る。
間違っても撃沈せぬよう」
フィリベールがフォスティーヌに念を入れた。
フォスティーヌは無言で頷く。
声を上げて話すと集中力が途切れる。間断なく数人の魔術師の感覚のそれぞれを娘から受け取り、同時に数十人の魔術師にそれを分配しているのだ。余裕などあるはずがない。
「旗艦以外、すべて撃沈!」
アベルの声が響き渡る。
再度歓声が上がったが、やはりすぐに静まり返る。
「で、旗艦は逃げそうか?」
そう問うフィリベールにリゼットが答える。
「いいえ、大型ミサイルを発射する命令が出ました」
「……まだやる気か」
そう独り言ちたフィリベールの声に、王の声が重なった。
「以後の命令は、ゼルンバスのみに対して行う。
この戦いに参加した諸国の者たちよ、感謝する。
それでは、旗艦の対消滅炉、機関以外の部分に岩を派遣しろ。
特に、ミサイル発射口は確実に塞げ」
「承知」
フォスティーヌの声が響き、数秒遅れてアベルの声も続く。
「格納庫、砲塔、ミサイル発射口、全壊」
「敵旗艦、指揮官排除、身柄が拘束されました」
クロヴィスがそれに続き、さらにリゼットの声が重なる。
「敵司令、指揮権剥奪」
「敵艦、ワープ、逃亡」
最後はアベルの声が締めた。
デビュタント・ボール(初めての舞踏会)の出席者たちの歓声が、今度こそ遠慮なしに湧き上がった。
口々に魔術師たちを称え、王を称える。
中には感極まって泣き出す者もいた。
情報とはありがたい。
デビュタント・ボール(初めての舞踏会)の出席者たちが、椅子を欲する前に戦争は終わってしまった。未だ大型
敵に与えた損害は、この星の総所得の1000倍にも及ぶ。
大戦果であった。
「我が王よ、これほどの鮮やかな勝利、まことに見事。
我がアシャール家は、この勝利を寿ぎ戦費を寄付する所存」
「我がバロー家も是非にも」
次々と貴族たちから声が上がる。
彼らとて、王が捕虜から知識を得たことに気がついている。そして、これほど有効な知識であれば投資しないわけには行かぬのだ。
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あとがき
前代未聞、C.I.C.で敵が立ち会って盗み聞きw
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