第135話 示威


 花で埋め尽くされた王宮の大広間は、魔素による照明だけでなく数多くの蝋燭が灯されている。やはり、燃える蝋燭の雰囲気は他をもって代えがたい。

 儀官が声を張り、入場する新成人を紹介していく。そのたびに拍手が湧き、成人を寿ぐ声があがった。


 なお、ここで紹介されるのは女性のみである。この場における男性は、あくまでオマケの扱いなのだ。婚約が決まっていればエスコート役として共に入場するが、特に紹介されることはない。

 貴族の息子ともなれば、紹介されなくとも皆顔を知っているものであるし、逆に娘は外に出さないので紹介されねば誰だかわからないという実用的理由もある。


 また、白いドレスを身に纏って良いのは新成人だけなので、祝いに来た多数の女性たちも出席しているが、ひと目で主役か否かはわかる。そして、新成人の女性たちは等しく白いドレスの中で、各々の個性を出すために装いにこだわる。

 その華やかさは、他の儀式では決してないものだ。

 さらに今年は戦時中であり、数年分の成人をまとめて祝ってしまうということで、特に人数が多く華やかさが増している。


 だが、そんな中、1人だけまばらな拍手だけで終わってしまった新成人がいた。

 レティシアである。

 レティシアの存在は、王宮の者も貴族も知っている。だが、このような場で顔に魔素を封じる紋様はあまりに異様であった。かと言って、この紋様を描かずに出席すれば、なにを言われるかしれたものではないのも事実なのだ。

 儀官によって、魔法省の長であるフォスティーヌの娘と紹介されているのだから、逃げ場はない。


 それに比べ、同じ魔術師でもリゼットは大きく違う。

 貴族の娘という枠ではなく、魔術師という枠であり、家名も財産もあるわけではない。だが、可憐かつ小悪魔的ですらある姿に、新成人とは限らず男たちの視線が集中していた。


 貴族の娘、魔術師の娘、準貴族の娘と入場を済ませたのちに、儀官がひときわ声を張った。

「大王にして諸国の王、天からの敵に勝利せしこの大地の王たるゼルンバス王ご夫妻のご光来!」

 それを受けて一斉に拍手が湧き、楽団が短いが重厚なフレーズを奏でる。


 滅多に表に姿を現すことのない王妃の姿に、会場は大きくどよめいた。

 王妃は良家の出であるからこそ、後宮に引きこもっていた。二重権力になることを恐れたのである。

 王がフリーハンドに近い状態で政策決定できるのは、そんな王妃の生き方によるところが大きいのだ。


「今日の良き日に、皆に報告がある」

 微笑む王妃を横に王が語りだすと、会場は一気に静まり返った。


「まずは戦時下のデビュタント・ボール(初めての舞踏会)になったことを皆に詫びよう。

 だが、我が国は勝利する!

 先日、我が国は魔術が使い放題となる基幹技術の開発に成功した。

 金を無制限に生成できるのだ。この意味はここに居並ぶ者たちすべてが理解できようぞ」

 一瞬の静寂ののち、会場は万雷の拍手で満たされた。

 王はたっぷりと時間を取って、拍手が止むのを待った。


「余は先ほど、戦時下のデビュタント・ボール(初めての舞踏会)になったことを皆に詫びた。だが、こうも言おう。

 今回のデビュタント・ボール(初めての舞踏会)の参加者は、我が星が天からの敵に勝利する歴史的瞬間の目撃者となるだろう!」

 再び会場はどよめいた。

 だが、皆その真意を図りかねている。勝利は確実として、それをここにいる者が目撃者になるとはどういう意味なのか。


「つい四半日前、敵の艦隊が我が星系に再侵入した」

 あまりの言葉に、会場は再び静まり返った。どのような小さな音であっても、この場に鳴り響くであろうと感じさせるほどだ。


「敵の司令は優秀であった。

 だが、前回の敗戦で降格され、彼はもう来ない。

 敵旗艦に印した魔法陣により、敵の情報はすべて筒抜けである。そして得られた情報は捕虜にされたのち、我が国に忠誠を誓うようになった者たちによってすべて解析されている。

 このような戦況において、我らはこのデビュタント・ボール(初めての舞踏会)を中止する必要はありしか!?」

 王の言葉に、今度は建物が崩れるのではないかというほどの大歓声が湧いた。

 床を踏み鳴らす音は、王都中に響いたに違いない。


 内務省の長、マリエットがデビュタント・ボール(初めての舞踏会)のプログラムを組んだとき、その最中に敵の攻撃がある可能性は当然のように織り込んでいた。

 それがそのまま生きたのである。


 会場となった大広間の一画のカーテンが上げられると、そこには大机と天球儀が置かれていた。壁には多くの魔方陣が描かれ、床にはキャップが置かれている。

 そして、大将軍フィリベール、魔法省の長、魔法省フォスティーヌ、そしてそれぞれの配下が揃っていた。


 そして突然、会場に声が響いた。

「全艦、全砲門、対惑星地表用弱装弾発射用意」

 白ドレスに身を包んだリゼットの声は良く通った。

 月軌道の外側にいる敵司令の声を聞き、そのまま翻訳して伝えているのだ。


 これだけで、会場にいた者たちは王の意図のすべてを解した。

 王はここで戦い、ここで勝利をし、その勝利をここにいる者たちに贈るつもりなのだ。

 敵が攻めてきたタイミング自体は偶然でも、それに動じないだけの体制があるということを貴族たちに見せつけるというのもあるだろう。これで、この場にいる貴族たちはこの戦争に対し、多大な投資を行うに違いない。


「全艦、対惑星地表用弱装弾一斉発射。すべての地表にばら撒け!

 ぐすぐずするなっ!」

 再度リゼットの声が響く。正確には1分後という言葉があったが、時制の翻訳まではしきれなかったのだ。


 彼女は、臨時の作戦本部となった空間に歩を進めながら言葉を発している。そのあとをひっそりとレティシアが続いた。

 会場にいる者たちは2つに分かれ、彼女たちのために道を開いた。



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あとがき

宴会余興としての戦争w

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