第134話 特許法
臣下それぞれの言い分も焦りもわかる。
とはいえ、悩みとしては数日前からしたら考えられないほど贅沢な悩みなのだ。金がない中での悩みと、金が生成される前提での悩みでは、自ずからその質は異なる。
ゼルンバスの王は、閣僚ともいうべき7人の臣下にそれを思い出させた。
その上で、全員にそれぞれの管轄での最善を求めた。要は、「四の五の言っているんじゃねーよ」ということである。
王からは、唯一つ。
内務省マリエットに産業構造の変革の一環として、2日以内の特許法の原案作成と7日以内の施行を命じ、外務省の長のラウルに施行と同時にその法による諸国との新たな条約締結を命じたのみである。
今、その意味に気がつく臣下はいないだろう。
現在、天からの敵から取った捕虜、83名のすべてがゼルンバスにいる。そこから得られる知識の量は凄まじいばかりだ。83名の専門知識もそれなりに怖いが、その道楽の知識はさらに怖い。語らせれば3日でも4日でも語るだろう。
勿論、特許法も彼らの知識である。
天からの敵の社会は、魔法に頼らずにここまでのことが成し遂げたのかと、得られた知識の一覧を見て王は絶句したのだ。そして、そのリストは今も数を増やし続けている。
この知の鉱脈の権利をゼルンバスが国として独占することで、得られる富は果てしなく多い。臣下の申し立てる問題の大部分は、予算さえあればなんとかなるものが多いことを王は見切っている。
そうなれば、7日後に国として大量の借金をしても構わない。
そして、さらにもう1つ。
金の生成の技は隠し通せないと、王は判断している。
各国同士の腹のさぐりあいの中で、国家の持つ金の量は重大な相互の監視項目である。ゼルンバスは最大版図を持つ国ゆえ、恒常的に周辺諸国から金在庫を探られている。ここでいきなり大型
その結果は、国内の間諜の活動の活発化と、果てしない間諜同士の殺し合いかもしれない。
その挙句の果てに金の生成の技が流出したら、ゼルンバス以外の国が同盟を結んで対抗してくることすら考えられる。それだけの恨みを買う行為なのだから。
だが、ゼルンバス側から金生成の技を公開してしまえば、腹を探られることはない。たとえ公開してしまったとしても、細かいノウハウでゼルンバスは一歩先を行くし、そもそもの価値の本質は金ではなく、金によって成し遂げられる魔法技術である。そこでのゼルンバスの優位は金の量では揺るがない。
そして、金生成の技の公開で恩を売り、それとともに特許法を施行して天からの敵の技術を独占したらこの旨味は果てしがない。
だが、魔術でできることをなぜ敵の科学技術とやらで行うのか、その必要性に気がつく国は多くはないと王は見ている。まして、魔法技術の根幹たる金の生成ができた今時点では、科学技術など無用の長物にもほどがある。
だからこそ、ゼルンバスでの特許法の施行に合わせ、他国にも知識の保護を要請し同意させ、さらにそれを条約化できるのだ。
王は気がついている。
少人数の魔術師に頼るしかない魔法の限界を、である。
今は、火急の情報伝達は魔術師が魔法陣で行っている。魔素が十分に確保されればそれで不自由などないし、そこまで急ぎ情報伝達する案件など、そうはありはしない。
だが、誰でもが、スイッチひとつで遠隔地にいる者と話すことができるようになったら……。
二度と今の体制には戻れまい。このからくりを作るのは大変だが、1度作れさえすれば臣民すべてが魔術師になったようなものだ。
その意味に気がついている者は、まだ、いない。
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内務省がてんやわんやの大忙しになったことで、大臣ヴァレールの配下と王の儀官にお鉢が回ってきた。
デビュタント・ボール(初めての舞踏会)の開催のマニュアルは完成していたが、その実行に動けるものがいなくなってしまったからだ。内務省の長、マリエットからの悲鳴混じりの要請を、大臣ヴァレールと王の儀官長は引き受けるしかなかった。
なんせ、特許法成立の期限日はデビュタント・ボール(初めての舞踏会)と同日なのだ。
勤務時間の昼間に同法を成立させ、夜にはデビュタント・ボール(初めての舞踏会)のスタッフになれと言われたら、過労死するものが出てもおかしくはない。そのあたりの事情は、さすがに大臣ヴァレールと王の儀官長もわかっていた。
会場整備にかかる手配、楽団の手配、料理の手配と、契約と依頼はすでに済んでいる。
あとはそれらを現場で回すだけで良いのだ。後片付けも、法成立後に解放された内務省スタッフが行う。なので、そのくらいは協力しないと、王の怒りを買うだろう。
王宮の大広間は花で埋め尽くされた。
楽団はリハーサルを行っている。
王宮の厨房は大忙した。
温かいものは温かく、冷たいものは冷たくなどという晩餐会の食事とは違う。座って落ち着いて食べる者などいない。とはいえ、室温になってしまったものでも美味でなければならない。そしてなにより、会場を飾るに相応しい華やかな料理でなければならない。王国の富を見せつけることと新成人の未来を寿ぐことが、この場ではまったくの同義なのだ。
貴族たちの子弟、年若き魔術師、それぞれの保護者、後見人たち。
そして、一族に新成人がいなくとも社交の場で顔を繋ぎたい者、情報を得たい者、思惑は異なれど多くの来場者たち。
特に戦時下である今回のデビュタント・ボール(初めての舞踏会)は、こういった目的の貴族が多いだろう。天からの敵の攻撃を受けて王が領地整備を命じて以来、彼らは直接王宮に赴く機会はなかったのだから。
戦勝報告は聞いている。だが、被害、犠牲があったことも当然聞いている。
それらを含め、なによりも王の顔色を見ることで未来を占う。
彼らにとって、デビュタント・ボール(初めての舞踏会)はそのための機会なのだ。
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あとがき
ある意味、泥棒ですねw
戦時下ではよくあることです。敵の知識を国のものとして所有してしまうのは……。
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