第133話 優先順位


魔素笛ピーシュを大型にすることについて、目処がたったと母が申しておりました」

「それはありがたい。

 ということは、金の生成までが成功したんですね?」

 他心通の術のレティシアの言葉に、天眼通のクロヴィスは答える。


 ここのところ、レティシアとクロヴィスは共にいる機会が増えている。

 互いに楽なのだ。

 クロヴィスは、女性を覗き見ているという疑いを掛けられなくて済む。

 レティシアにしてみれば、不用意に心の中を覗いてしまったとしてもクロヴィスの心根は不埒なものではない。ときに、賛美の眼差しを感じることはあるが、それが自分を害する意志と同じものではないことの幸せをレティシアはよくわかっていた。


 だが、クロヴィスの言葉は日に日に砕けていくのに対して、レティシアは未だに緊張を解いてはいない。クロヴィスの前では、他心通の術の封印の紋様を顔に描く必要すらなく、クロヴィスのすべてが曝け出されている。なのに自分は隠しているという引け目が、却って緊張を生んでいるのだ。自分が汚ないとまでは思わないが、フェアではないという気持ちは拭いきれていない。

 それにもう1つ、クロヴィスは自分の前から去っていくだろうとレティシアは思っている。



「敵の捕虜ですが、金の生成に成功したと聞いて呆然としておりました。

 その反応を観ろと命じられまして、ゲレオンというなかなかに高い教養を持った相手に大将軍様が話すに立ち会ったのです」

「私も、リゼットから顛末は聞いた。

 本来、敵の持つ技術体系からしたらありえないらしいね」

「はい。

 彼らの科学サイエンスというものからしたら、奇跡中の奇跡だとか」

 そう答えながら、レティシアはさらに情けない思いに囚われた。


 天耳通の術のリゼットは、敵の言葉に一番慣れ親しんでいたことから、その科学サイエンスというものを学べと王命を受けている。ゲレオンはよい教師らしく、リゼットは日々の学びが楽しいようだ。

 魔術の修行も師のアベルの薫陶を得て、さらに深化を続けている。今や、かつての傍若無人な振る舞いはまったく見られない。

 だが、それと同時に兄弟弟子であるクロヴィスに対し、兄に対するような感情から1人の男性を見るような感情へ変化しているのをレティシアは見取っていた。



 戦時にも関わらず、デビュタント・ボール(初めての舞踏会)の開催が本決まりになり、その準備で王宮内はさらに慌ただしい。大人になる儀式も経ないままに、ハイティーンの者たちを戦場には駆り出すことはできない。それが王の判断なのだ。


 だが……。

 クロヴィスはデビュタント・ボール(初めての舞踏会)の場で、自分とは踊ってはくれない。

 レティシアはそう思っていた。

 人前に出るとなれば、自分は顔に文様を描き、他心通の術の封印をせねばならない。なのに、歳下のリゼットは、まだ幼さの残る愛くるしい顔をさらに化粧で飾り、クロヴィスに積極的に迫るのだろう。

 華やかな場で、どちらが共に踊る相手として相応しいか、言うまでもない。


 それだけではない。

 性格の問題もある。

 自分はクロヴィスの心を覗き、自分の裸が見られていないことに安堵する。

 だが、リゼットは自分の裸が見られていないことに特になにも思わず、見られていたら喜びさえするだろう。自らの魅力にクロヴィスが屈していると、リゼットはそう考えることができるのだ。

 運命は実に不公平だ。


 そして、デビュタント・ボールが過ぎれば、レティシアもリゼットも大人として扱われる。ということは、共に踊ったクロヴィスとリゼットは結ばれ、自分は身を引かねばならない。

 その日は、刻々と近づいている。



 − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 王の前には、七人の閣僚ともいうべき臣下が揃っていた。

 金の生成が可能になったということは、国家運営そのものが大きく変わることを意味した。

 戦時の中でも、いや戦時だからこそ、優先順位は決めておかねばならない。不要な混乱は防いでおかねばならぬのだ。


「まずは、魔素の吸集・反射炉でございましょう。

 金を生成する賢者の石を作るにも、増産したキャップを充填するにも、魔素の吸集・反射炉がなければ……」

 そう言うフォスティーヌに全員が頷く。

 ここまでは異論はない。だが、この先はこの場の全員で意見が異なる。


 大臣ヴァレールは、豊富となった金を使用し、魔素の吸集・反射炉同士を金線結び、安定的魔素の供給を、と。

 大将軍フィリベールは、大型魔素笛ピーシュを一刻も早く、と。

 財務省パトリスは、各産業、生産にも魔素を回さないと国庫が保たぬ、と。

 司法省ルイゾンは、魔素の分配利用に対する法整備を急がないと、と。

 内務省マリエットは、キャップや魔素炉を作る金加工にかかる人材の早期育成と産業構造の変革への対応を、と。

 外務省の長のラウルは、同盟国への金生成の技術供与か、金そのものの供与の条件か手段の検討を、と。

 そして、魔法省フォスティーヌは、魔素を扱う魔術師の確保と教育、負担軽減を求めていた。


 いずれの問題も焦眉の急と言って良い。

 いくつか重なる問題もあるが、同時に進めねばならぬものも多い。

 より効率的な金生成の方法は順次検討していくにせよ、とりあえずは今確認できた方法で生産を進め、少しでも多く金を確保していく。

 そこまで決めた段階で、閣議は止まってしまった。


 例えば、大型魔素笛ピーシュの開発製造こそは、敵の再来襲が確実である以上、優先順位は1位であることは動かしようなく見える。

 だが、1基なら良いものの複数作るとなると、とたんに人材不足が露呈し生産計画が立てられないありさまなのだ。

 かといって、年単位で人の教育などしていられない。

 だが、始めないことには年単位の時間が経過しても無為なのだ。



------------------------------------------------------------------------------------------------------------



あとがき

いつだって、為政者の計画どおりには進まないのさーw

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る