第132話 大型魔素笛の製造


 フォスティーヌの問いに対し、ロレッタはおずおずと問いで返してきた。

「フォスティーヌ様は、コリタスの建国神話はご存知でしょうか?」

「隣国のことを知るは、王直属の臣下として当然のこと。一通りは知っておりまするが……。

 ただ、建国神話はどこの国でも表と裏があるもの。裏については知ってはおりませぬ」

「では、ひとまずは表の方を……。

 コリタスの残虐たる旧王は、神命により天より下りし王族の徳に感化され、自らその軍門に降ったことになっております。

 しかし、その実は征服され、支配者が替わっただけのこと」

 その説明に、フォスティーヌは表情も変えずに頷いた。


「何処の国もそれは同じようなもの。

 驚くには値しませぬが、コリタスにはコリタスなりの裏があるということなのですね?」

「旧王が必要以上に残虐とされたのには、理由がありまする。

 一つの国の統治には、常に美談と醜聞が双立するもの。

 その美談は王家が引き受け、醜聞を揉み消すは旧王の血筋の副王の仕事。そしてそれは往々にして断固たる手段を取らねばならぬことから、残虐のそしりは極めて有効なものとして……」

「……なるほど」

 あとは説明されなくともわかる。


 当初は戦に負けた旧王が、臣下たちの命を助けるために汚名を被る取引をするなど、あまりにありそうなことだ。

 そして、慈愛の王と恐怖の副王による分業統治は、100年も経てば副王の家系自体を縛る。慈愛の王の配下としてしか一家を永らえる方法がなくなるのだ。王に反逆の素振りを見せれば、残虐王が復活するのを止めようと諸侯が揃って敵に回る。だが、王の配下としてであれば、恐怖とともに諸侯は皆従う。

 こうなってしまえば、謀反など間違っても起こせぬ。


 このような中では、ロレッタが天足通の術の魔術師として力を振るうにも、王家の意向に゙沿う以外に道はない。

「私めの心を縛るはなにかというご下問でございましたね。

 家名のみでなく、一家の者、すべての命を守るためでございます」

 フォスティーヌは深く頷いた。すべてが腑に落ちたのである。


 モイーズ辺境伯の人徳があるにせよ、年若き乙女に対してさすがに歳が行っている。他国の辺境伯よりも、もっと良い身売り先だってあるだろう。

 だが、そういう問題ではないのだ。

 コリタスから離れる未来が確約され、己を縛る鎖が大きく減る。ロレッタ自身が決して口にすることはないであろうが、その開放感に抗えなかったのは当然のことである。

 そして、モイーズ伯であれば、解けた鎖の分を別の鎖で縛りなおすようなことはするまい。ロレッタにしてみれば最初は王命にせよ、人としての仁を持つ伯は神のごとく見えたに違いない。


「よくわかりました、ロレッタどの。

 それでは、良く覚えておいていただきたい。

 この先、天からの敵を撃退するにせよ、負けて征服されるにせよ、敵と交渉せねばならない局面は必ず訪れるでしょう。

 その際に、この惑星の誰が敵と交渉すべきとお考えか?」

「そのような問い、不要にございましょう。

 誰から見ても、ゼルンバスの王以外にそのような任に堪える者がおりましょうや?」

 ロレッタの答えに、フォスティーヌは頷く。


「では、そのためにゼルンバスの王は守られねばならぬ。

 そして王はこの惑星の全権代表として、最大限に生きとし生けるものすべてを守る責務を負う。

 ゆえにゼルンバスの臣下は、王を守る手段を執るに躊躇いはない」

「わかりました。

 フォスティーヌ様の仰るとおりであれば、ゼルンバスの王を守ることはコリタスを守ることと同義。天足通の術の魔術師としても精一杯務めさせていただきます」

 ロレッタの言葉に、フォスティーヌは頷きながら思う。

 ロレッタは、「コリタスを守ること」とは言ったが、「コリタス王を守ること」とは言わなかった真意を、である。

 同時にこれは、フォスティーヌをしてロレッタをもう1つ深みに誘う決心をさせていた。


「ロレッタどの。

 天足通の術は、思いどおりに外界のものを変えることのできる力を含みますな。

 金を作り出すことはできずとも、金の形を自在に変えることはできましょう。

 ただ、どこまで精緻に、また大規模にできるかとなると、個々の魔術師の力量に依るところが大きい。

 ロレッタどのの技の精緻さは、先ほど見せていただきましたが、その精緻さのままにどこまで巨大化ができまするか?」

 天足通の術は、術を使う魔術師の頭の中のイメージ力に依る。大きい物ほど細部が疎かになる。だから、真っ先にそれを確認したのだ。


 ゼルンバスにも天足通の術の魔術師はいる。だが、その技量は決して高いとは言えない。フォスティーヌのイメージが他心通で伝えられて、初めて精緻かつ大規模なものが形作れるのだ。

 だが、コリタスは天足通の術の魔術師が多く、その技は極めて高みにある。大量生産に魔術はまったくもってコストが引き合わないが、一品物であればこれほど最適なものはない。


「人10人分の身長ほどのものであれば、作ったことはございます。

 ただ、金ではありませぬが……。

 さすがにその量の金はコリタスにはなく、陶土で作りました」

 その回答の意味は、フォスティーヌだけでなく、からくり師にも伝わっていた。

 大型魔素笛ピーシュの製造に、ロレッタほど心強い存在はない。


 大型魔素笛ピーシュの部材に使われる金には、強度を保つために芯に鋼を入れる必要がある。だが、その鋼が金になってしまってはか兵器として用をなさない。

 なので、アドゥアートゥカで採れる砂は使用せず、鋼の焼きが戻ってしまう大量の燃料もしくは魔素を使う熱加工も避け、冷たいままに金と鋼を接合せねばならない。

 からくり師はそのための方法をいろいろと考えていたが、これで一挙に解決である。


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あとがき

魔術による冷間鍛造かも……w

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