第131話 好機とばかりに
「これは、どういうことでございましょうか?」
一番事態を理解していないのは、ロレッタである。
いきなりシルヴァン教授におつかいを命じられ、そのまま巻き込まれたのだから当然のことだ。
こうなると、説明するのはフォスティーヌしかいない。どこまで話すかを判断し、その責任を取れるのはシルヴァン教授でもからくり師でも荷が重すぎる。
「天からの敵と戦うにあたり、ロレッタどのも知ってのとおりどこの国も金を使い果たしました。そしてこのままでは、捲土重来を期す敵の再来襲に対しあまりに不安。
新たにキャップを作ろうにも、上級魔術兵器を開発しようにも、金がなければ……」
ロレッタは眉間を曇らせ、深く頷いた。
「そこへたまたまですが、古い
鋼を金に変えられるのであれば、さまざまな問題はすべて解決できましょう。
なので、鋼の金化の条件を確かめているのです」
「この現象、シルヴァン教授もご存じなかったのですか?」
ロレッタはそう確認する。
「知らなかった」
そう答えるシルヴァン教授の顔を見て、ロレッタはようやく腑に落ちたという顔になった。
「大変失礼な物言いではございますが、フォスティーヌ様のお言葉、どこまで真実かと思ってしまいました。
世の物質について、シルヴァン教授が知らぬことがあるなどとは信じられなかったのでございます。なるほど、私は、重要なところに立ち会わせていただいたのですね。
ところでフォスティーヌ様、なぜ私を信用されましたか?
金が作れるとなると、そしてその話が漏れますと、この星の国家間で凄まじい内乱が起きかねませぬぞ」
「今の問い、ロレッタどのもわかって聞かれているのでは?」
逆に問い返されて、ロレッタは沈黙した。
「内乱が起きると申されましたな。
内乱が起きるのには、絶対的条件がありまする。それは、内乱を起こす側に勝算があるということ。
今の天からの敵がいつ再来襲してくるかわからぬ状態で、絶対的勝算など立てようがありませぬ。
これからするのはあくまで例えでございますが、コリタスがゼルンバスに勝って、天からの敵の攻撃を正面から受けとめる役割を担うなど、あまりにも愚かな選択。むしろ、コリタスにその動きがあれば、ゼルンバスの王は喜んでその地位を譲ることすら考えられまする。
したがって、まずは天からの敵をなんとかせぬ限りは内乱など起きようはずもなく。それにも関わらずそれを問われるロレッタどのは、コリタスがゼルンバスに攻められる口実になる不安と、今ここにいるご自分の立場に不安を抱いていらっしゃるのかと」
フォスティーヌが問うと、ロレッタは極めて微かに頷いた。
そして、決心したように話しだした。
「今、切断した断面を見ると、赤みが濃く、金の純度は極めて高いことが窺えます。おそらくは、この方法、賢者の石が媒介する現象であれば、銅などより安価な金属でも成立いたしましょう。
この技、ゼルンバスが独占し、他の国に漏らされないとなれば……。
ゼルンバスはさらに強大になり、他国はさらに立場をなくしましょう。おそらくは、コリタスも……」
そこで言葉を切ったロレッタは、目を瞑り、なにかの覚悟を決めたように見えた。
「私はコリタスの副王の娘でございますが、モイーズ様をお慕いしております。
あの方は、私が下賜された存在だというにも関わらず、他の殿方のように私の色香に惑わされませぬ。最初は単なる韜晦かとも思い、次に亡くされたご夫人のことかとも思いましたが、どうやら私への配慮は真からのご温情。
このような方がいらっしゃるのか、と心惹かれるようになりましたが、先日、同じくゼルンバスにいるコリタスの王子が国に帰りたくないと申していると聞きました。
未だ5歳になったばかりの王子が帰りたくないとは、あまりの事態でございます。こうなると、ここに私のことも含め、ゼルンバスの思惑を感じずにはいられませぬ。
もしかしたら、コリタスの王家の廃絶をゼルンバスは考えているのではないかとの疑念、どうにも晴れぬのでございます」
言葉遣いはともかく、問い自体はあまりに真っ直ぐなものである。
おそらくロレッタは、この際にシルヴァン教授とからくり師を証人とし、ゼルンバス王権の一画を占めるフォスティーヌからの言質を取りたかったのだろう。
だが……。
「人は環境が変われば考えも変わるもの。
ゼルンバスとしては、王子の滞在に際しておもてなしに総力を上げたまで。
そこを勘ぐられるは悲しいものでございますな」
そうとぼけて見せるフォスティーヌに、ロレッタは下唇を噛んだ。
「逆にお聞きしましょう。
あくまでこれも例え話。
ロレッタどのが、モイーズ伯と結ばれたのち、コリタスの王子をゼルンバスに残したままに名代としてコリタスの支配もできようかと。
ロレッタどのの性格とお力からすれば、そのくらいのことは考えていてもおかしくないと私は思っておりますが……」
「まさかに、そのようなこと……」
「コリタスの現王に対し、ロレッタどのはどうお考えなのですか?」
フォスティーヌが畳み掛けると、ロレッタはさらに狼狽えた。
「言っておきますが、謀反の唆しと取られるのは本意ではございませぬ。
ですが、ロレッタどのは天足通の術の魔術師でもあり、鎖に繋げない猛獣に等しい存在。
副王という制度はゼルンバスにはなく、王家に繋がれている理由がわからぬのでございますよ。我が王も1度はロレッタどのにお尋ねになりましたが、その際には答えられなかった。
のちのちの誤解を防ぐため、ロレッタどのの心を縛るはなにかと聞いておきたいのでございます」
フォスティーヌの問いは容赦なかった。
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あとがき
本来、No.2を作らないのが王政でもあるんですよねー。
副王制はそれに反しまくっているのです。
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