第129話 実験
「では、さっそく検討してみよう」
シルヴァン教授の言葉に、フォスティーヌは驚きで言葉を失った。
「今、ですか?」
「学院には釘も金もありますし、地質研究室にはアドゥアートゥカで採れる砂もあるでしょう。専門外の私が聞いたことのあるほどの一般的なものですからね。
魔素の充填されたキャップもありますから、なんの問題もありません。
からくり師どのが、叩いて貰えれば、すぐに確認ができます。
でないと、また2日3日経ってしまいますぞ。
検討の結果、やはり上手く行かぬようであれば、さらに次の検討課題を考えてから解散としておいた方がよろしいでしょう」
そう言われると、フォスティーヌも返す言葉がない。
シルヴァン教授が立ち上がり廊下に出て「誰かいないか?」と声を上げると、学生が1人小走りに駆け寄ってきた。
「これから実験室に行くが、地質学研究室のグレゴワール教授に頼んで、アドゥアートゥカで採れる砂を微量で良いので分けてもらってきてくれ」
「わかりました、教授」
そう答える学生に、フォスティーヌは声を掛けた。
「久しぶりでございますな、ロレッタ殿」
コリタスの副王の娘にして、留学という名目で、その実は人質と間諜という2つの目的のためにゼルンバスに来たロレッタである。
その目的は見抜かれ、身柄はモイーズ辺境伯に預けられている。
「これはこれは、フォスティーヌ様」
ロレッタも、礼法に従い恭しく挨拶をする。その美しさは、ゼルンバスに来たときより、さらに磨きがかかっているように見えた。
学者然としたシルヴァン教授に対し、ロレッタだけ見ていたらここがどこだかわからなくなるほどである。
「モイーズ伯の庇護の元、学院にいらっしゃるのは知っておりましたが、シルヴァン教授の元で学ばれていたのですね」
「はい。
モイーズさまは、卒業まではきちんと学べと仰られました。
すべてはそれからのこと、と」
「……なるほど。伯らしいお言葉。
それでロレッタどのは、卒業の後はどうするつもりですか?」
「……モイーズさまの元に」
恥じらいとともに答えるロレッタに、美しさが増した理由をフォスティーヌは見たように思った。
モイーズ辺境伯、再婚を決心したに違いない。
「ならば……。
ロレッタどのは、天足通の魔術師でしたね。
これより行う試みに助力いただけませぬか。
是非にも、ロレッタどのの助けが必要なのです」
フォスティーヌの言葉に、ロレッタは膝を曲げて礼を返した。
「……よろしいのですか?」
そう聞いたのは、からくり師である。
ゼルンバスの王から直に命令はなくとも、金を作れるかもしれぬことは内密にしておくべきことかと憚ったのだ。
「構わぬ。
モイーズ辺境伯の奥方にならるる方ぞ。むしろ、知っておいて貰わねば困る」
フォスティーヌの言葉に、からくり師は一礼して引き下がった。
当然、フォスティーヌには考えがある。
ロレッタは、一筋縄ではいかない女性である。コリタスの副王の娘として、外交の道具としての人生を歩むことが運命づけられていた。当然、それは受動的な人生を生きることを意味しない。ロレッタは、外交の表も裏もこなすだけの教育を受けているのだ。
だからこそ、モイーズ伯に思いを寄せている今こそが信用できるときなのだ。
そのための種子、自らの人生を自らのものにせよという考えは、ゼルンバスの王が自らロレッタに蒔いている。
きっと、ここで再び巡り合ったのもなにかの縁なのだ。
「それでは、地質学研究室のグレゴワール教授の元に行って参ります。
届ける実験室は、第三でよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
シルヴァン教授はそう返事をし、フォスティーヌとからくり師の先に立った。
シルヴァン教授は、勝手知ったる実験室の棚から鉄の棒を取り出した。
それから上着のポケットから鍵を取り出し、魔素無効化結界の中の金庫を開いた。金は高価なものである。召喚などで盗まれてはたまらない。それに対する備えも必要なのだ。
中には、さまざまな形状の金が納められていた。魔素の実験に使うものなのだから、さまざまな形状のものがあるのは当然である。ある程度実験に使ったら、溶かして形を元に戻して再利用するのだろう。
シルヴァン教授は一瞬悩んだのち、細い筒状の金を取り出した。
そして、そこに鉄の棒が挿し込めることを確認した。
そこへ、ロレッタが戻ってきた。
「アドゥアートゥカの砂、いただいて参りました」
「よろしい。
では、からくり師どの。
この砂と鉄の棒を金の筒に差し込み、叩いていただきたい。
形状は異なれど、前に試されたのと同じ程度の力で金と鉄が接するように」
そう言いながら、シルヴァン教授は実験台の上に一式を置き、棚の一画から取り出したハンマーを渡す。
また、秤を取り出し、アドゥアートゥカの砂の重さを計り、それをノートに記した。
からくり師はハンマーの重さを確認するように2、3回ハンマーの柄を握り直してから作業に取り掛かった。
からくり師は実験台の上で、まずは金の筒の片方の端を叩き潰し、完全に塞いだ。そして、反対側から砂と鉄の棒を差し込み、軽く、だが丹念に繰り返し叩き、金の筒を潰した。
「これで」
そう言いながら、からくり師はシルヴァン教授に一見して金の棒になったものを渡す。
シルヴァン教授は、実験室に備え付けてある魔素を貯めたキャップから、金線を引き回し繋ぐ。さらに、「使用済みのキャップは、2つ以上貯まったら学内の魔素の吸集・反射炉に運ぶこと」と記された紙の下から、魔素を使い果たしたキャップをひっぱりだす。
実験用のキャップは、魔法省の魔素の吸集・反射炉にあるものに比べてふたまわり小さい。学生1人でも運べる大きさ、重さなのだ。
「こちらの空のキャップを繋げば、からくり師どのに叩いていただいたこの棒に魔素が流れます。
では、よろしいでしょうか?」
シルヴァン教授の問いに、からくり師は「はい」と、フォスティーヌは「是非にも」と答えた。
ロレッタはなにが始まるのかと、目を瞠っている。
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あとがき
いきあたりばったりですが、まずは予備実験。これで見込みがあれば、初めて実験と呼べるようなプロトコルを書き、厳密化するのです。
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