第128話 検討


 金を生成する技が、思っていたように完成しない。

 魔法省の長、フォスティーヌにしても、この結果が辛いのは一緒である。王からの成果の確認が来るたびに、胃が痛くなる思いなのだ。

 王とて、天からの敵の再来襲までに大型魔素笛ピーシュを完成させておきたい。やはり胃が痛くなる思いで、金の生産ができたという報告を待っているに違いない。


 結局、どうすることもできず、再び、フォスティーヌ、からくり師、マルーラの学院の魔術器を専門とするシルヴァン教授は、学院の一室で集まることになった。


「そもそもですが……。

 一番新しい魔素笛ピーシュの先端は、いつ頃作られたのですか?」

 と、フォスティーヌがからくり師に聞く。

 魔法技術を応用したものとはいえ、魔素笛ピーシュは兵器だ。管轄は将軍府となっている。魔法省の長といえど、知っているわけもない。


「他国の状況はわかりませんが、ゼルンバスではここ20年ほど作られてはいないかと。

 補修依頼は何度も来ておりますが、私どもに新たな注文は来ていません」

 そうからくり師が言うのも、無理はない。


 ただでさえ金は極めて産出が少ないのに、国の基幹である魔法技術に関わるところには金がなければ始まらない。少ない金の取り合いの中で、ゼルンバスはもう30年以上も戦乱に巻き込まれてこなかった。

 そんな中で、魔素笛ピーシュの新造の必要性が認められるはずもない。


 まして、この先端の部品は、鉄芯を金で包んだだけの単純なものであるし、何年使っても使い減りしない。その他の部分が寿命を迎えても、この先端の部品だけはそのまま流用され続けてしまうのだ。


 今回集まった魔素笛ピーシュの中には、どう見ても200年近く昔のものもあった。

 そんな古いものであっても、木部はともかく先端部分は、金の特性として古びた感は皆無である。さらに元々が兵器である以上、荒使いが当たり前で細かな傷など気にはされてはいないのが見て取れる。

 で、当然のことながら、実用上もなんの問題もない。


「この部品は、元々鍛冶が作った物なのか?」

 マルーラの学院のシルヴァン教授が聞く。

「そうです。

 すでにこれを作った鍛冶は物故していますが、これは永遠に残る仕事ですね。

 中の鉄芯は鋼でしょうから、おそらくは焼き戻らないように温度を見切って金を巻いているのではないかと」

「そんなことできるのか?」

 からくり師の返答に、シルヴァン教授は聞き返す。


「現に、ここに現物あるわけですから……。

 ただ、その鍛冶の弟子は、どう作ったかは最早わからぬと……」

 からくり師は、首を横に振りながら答える。


 魔素による魔法技術全盛の中で、鍛冶の立場は弱い。生活雑器や工具農具を作るに留まる。国内で腕を認められた数人が御用鍛冶として兵士の長剣と魔素笛ピーシュの先端を打つが、30年も戦乱がないと、魔素笛ピーシュはいくら使っても補修が必要なほどの使い減りはしないし、せいぜい試斬に使われた長剣の補修程度までに仕事の量は激減してしまう。

 そんな中で御用鍛冶が代替わりするとなると、技術の相伝は極めて難しい。王立の鍛冶場があるわけでもなく、良い腕の者を御用鍛冶として任命しているだけなのだから当然のことだ。


「他国の魔素笛ピーシュは?

 戦乱は無くもなかったぞ」

 フォスティーヌの声が荒ぶる。

「戦乱があったとて、魔素を貯めるキャップを鋳潰してまで魔素笛ピーシュを作るまでには……。

 また、仮に他国に技を持つ鍛冶がいたとしても、物が物だけにゼルンバスでは失伝したから教えろとは言えませぬ」

「く……」

 からくり師の返答に、フォスティーヌは下唇を噛む。


「キャップは戦略物資、魔素笛ピーシュは戦術兵器にしか過ぎません。他国でも、小競り合い程度では新造せんでしょうな……」

 と、シルヴァン教授も続けた。

「結果として、いつの間にか、魔素笛ピーシュを作る技は失われていたということか!?」

「どうやら、そのようでございますな」

「……なんということか」

 ついにはフォスティーヌは、天を仰いだ。


 平時に兵器を作る技など無くてもまったく困らない。今あるもので十分。

 まったく困らないからこそ失伝した。そして今、強烈なしっぺ返しを喰らっている。


「で、仕方ないので、なんとか似たものを作り検討しています。

 これだけの大きさのものでは実験できないので、釘に金の薄板を巻き、叩いて接合させたもので実験しています」

 からくり師が答えるのに、フォスティーヌが問う。


「つまり、釘に金の柔らかさを活かして巻きつけている。この際、温度は上げていないということか?」

「そうです」

「熱を加えていないということが、鉄が金にならぬ理由になっているということはないのか?」

「ないと思います。

 中の鉄芯が錆びないよう気をつけていますし、むしろこの方が不純物がなく、良い結果となるはずです」

「不純物とはなにか?」

 フォスティーヌは重ねて問う。


「鍛接は、鍛冶にとっても難しい技です。

 鋼に熱を加え赤らめると、その表面に黒い不純物が生じます。それを叩き飛ばし、吹き飛ばしながらでないと鍛接はできないのです。

 ですから、規模が小さい分、熱さずに叩いて接合するならば、不純物が生じないだけ有利なはずなのです」

「その不純物については、私も見たことがある」

 シルヴァン教授の言葉に、フォスティーヌは目を瞠った。


 さすがのフォスティーヌも、鍛冶の技はまったく知らない。

 知らないから話自体は新鮮でも、「そういうものなのか」と思うしかないのが歯がゆい。

 検討は、完全に行き詰まりつつあった。


「ただ……。

 鍛冶の鍛接は、アドゥアートゥカで採れる砂を使うと聞きましたが?」

 シルヴァン教授の言葉に、からくり師は答える。

「高温で砂自体が溶けて、赤らめられた鉄同士の間を繋ぐそうな。

 しかし今回は熱を加えていませんから、意味がないと思い……。

 その砂も使うべきでしたかな?

 ただ、砂は砂、金属ではありませぬし……」

「いや、こうなったら、どんな微かな手がかりも掴まないと」

 シルヴァン教授の言葉に、からくり師は不安そうに頷いた。



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あとがき

さてさて、金は作れるのか……。

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