第127話 こちらでも研究


 頷き、言葉もないダコールに、ライムンド教授は続けた。

「感心して聞いているようだが、君はこれを想像していたからこそ、敵の描いた図形を消さなかったんだろう?

 敵に誤情報を与える手段として、すでに次の戦術に織り込んで考えている」

「仰るとおりです。

 戦争とは騙し合いですから。

 事態が読み切れないのは、いつものことです

 だから、どんな意味でも敵が手を打って来たのならば利用しないと……」

 ダコールの答えに、ライムンド教授は眼鏡を外し、テーブルの上にあった無塵紙でレンズを拭った。


「すばらしい。

 軍人の面目躍如だな。ダコール君ならば、わけがわからなくても結果的には勝つのだろう。普通であれば、なにもできないか、なにもしないか、どちらにせよ見て見ぬふりでずるずる追い込まれるのだろう。

 総統が仲介してくるわけだ。

 君には合っているんだろうね。こういう駆け引きが。

 これからも、正直に、不正直に戦って欲しいものだ」

「ありがとうございます」

 ダコールは深々と頭を下げた。


 ライムンド教授の見解が、すべて当たっているとは思わない。

 だとしても、これだけの仮説を聞かされれば、感謝しかないし、8割がた仮説が当たっていれば、勝つための作戦は考えられる。

 しかも、総統からは、敵の王を連れて来いという具体的な命令が下されている。ダコールからしてみれば、事態は極めて明快なものになっていた。


「さらにもう1つ、想像できることがある」

 ライムンド教授は眼鏡を掛け直しながら言う。

「なんでしょうか?」

 そう聞くダコールの声は、ライムンド教授に対する畏敬の念に満ちていた。


「ゲレオン君のことだ。

 引いては、捕虜になった兵士たちのことでもある。

 彼らは、今の仮説が正しいとすれば……。

 もはや、こちらに戻ってこれないほどに洗脳されているだろう。だが、だからといって問答無用に殺さないで貰えないかな?

 ゲレオン君、一応は同僚だからね」

 想像できると言ったことは、そのまま依頼に直結していた。


「……ライムンド教授、お言葉を返すようですが、私はそうは思ってはおりません。

 どれほど高度な技術であったとしても、洗脳の際に他者から刷り込まれた価値観には、信じているようでも心のどこかに疑問を持っているものです。ゲレオン准教授は自分自身を客観視し、冷静に判断することができる人物と私は観ております。

 彼は戻ってくると、私は見ています」

「そうなら、ありがたいことだな……」

 再びライムンド教授は眼鏡を外し、無塵紙でレンズを拭った。


 もしかしたら、ライムンド教授が眼鏡を拭うのはレンズが曇ったからではなく、自らの感情を隠すためかもしれないとダコールは思う。

 こんな空調が完備されたところで、眼鏡が曇るわけがない。

 そもそものことを言えば、眼鏡など、過去の遺物にもほどがある。だが軍にもいたのだ。糾弾されながらもタバコを止めていない者がいる。当然、使用目的は文字どおり相手を煙に巻くことだ。

 こういったものも、自己防衛には有効なのかもしれない。


 ダコールは改まって背筋を伸ばした。

 軍人としてのダコールに戻ったのだ。

「なにはともあれ、小官だけではとても想像もつかないことをご教示いただけました。

 感謝申し上げます。

 今後、小官のできる範囲でライムンド教授には、最大限の恩返しをさせていただきたいと思います」

「……なら」

「なんでしょうか?」

 ダコールは聞き返す。


「カップを洗って、さっさと帰って欲しい。

 軍機が解けなくても、事象を予測し、示唆する論文なら書ける。オープンにはできなくとも、単なる仮説だったものが事象として観察されたのだ。

 一刻も早く取り掛かりたいんだよ」

「はっ、ではさっそくカップ洗いに掛かります。

 その後は失礼ながら、ごあいさつせずに退散いたしますので、すぐに執筆に取り掛かられますよう」

 ライムンド教授は、ダコールの言葉に頷くと、丸椅子を壁際に移動させ、足を投げ出し背を壁に預けて目をつぶった。

 すでに脳内で論文を書き始めているのだろう。

 近寄り難いまでの集中を感じたダコールは、音を立てないようにカップを洗い、部屋を去ったのだった。



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 からくり師とて、大型魔素笛ピーシュを新たに作っている身である。

 魔素笛ピーシュから魔素を撃ち出す、鉄芯を金で包んだパーツの鉄部分が金化している事例が発見されたことで、金が生み出せるかもしれないとはいえ、そうそう実験ばかりしてはいられない。

 結局、マルーラの学院も協力して実験に一枚噛むことになり、ようやく検討は軌道に乗った。


 マルーラの学院は、乾燥した空気の中で人体と金属との間に飛ぶ火花と、天からの敵が使うからくりに流れる光が同じものということから、その正体を突き詰める研究も始まっている。

 とりあえず、エレクツィテートと名付けられた現象はあまりに奥深く、研究の広がりは留まるところを知らない。

 元々それだけでなく、学院のどこの学部も、新たな大量に与えられた天からの敵に関する研究課題に溺れそうになっていた。


 そもそものことを言えば、教授は学生に雇われた身である。カネを払うからには、しっかり教えてもらわねば困るという学生からの声もあり、一時は研究の継続は危ぶまれていた。

 だが、王からの命令で、研究過程から学ぶようにカリキュラムを変えた結果、最先端に触れられるということで却って学生からの評判は良くなっている。



 だが……。

 金を生み出す実験は、ことごとく失敗していた。

 鉄芯を金で包み、魔素を流す。

 これで鉄芯は金になるはずなのだが、まったくその気配がない。


 古い魔素笛ピーシュを入手し、新たに分解すれば、やはりあきらかに鉄芯が金に変わっている。

 だが、いくら同じ条件を整えても、鉄芯は金に変わらない。

 魔素は常に不足している中で、学内に急遽魔素の吸集・反射炉が建造された。だが、都市5つ1日に使うほどの大量の魔素を貯めたキャップを、毎日虚しく空にしているわけだから、風当たりも次第に強くなっていった。



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あとがき

ま、一朝一夕で上手くは行きませんわな。

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