第125話 超大統一理論


 ライムンド教授は、説明を続けた。

「繰り返すが、オカルトは科学ではない。

 理知的であれば、その2つが本来共存し得ないことは自明なのだ。

 なのに、高度に思考訓練された科学者が道を誤ったかのようにオカルトに傾注し、あまつさえ、学会や大学を追われるようなことも定期的に起きている」

 ダコールは頷いた。


 これは、相槌の意味だけではない。実際によく聞くことではあるのだ。

 もっとも理知的でいなければならない戦場で、兵士が神を見てしまうなどという現象もまた珍しくはない。ギード軍医だけでなく、軍医というものが精神科医療の技術を机上の知識だけでなく身につけているのは、そういった対応もあるからなのだ。


「そこに、オカルト世界へ引きずり込むための、悪意ある人間による心理的トリック、そもそもの人間性の弱さを見ることができる。

 だが、単純に考えて、オカルト現象が科学たり得ないのは、魅惑的な現象が起きたとしても1度から数度限りで再現性がないためだし、電子計算機が科学の産物であるのは、計算結果が100度目でも1000度目でも異ならないからだ。

 先ほどは例えで『魔法』という単語を使ったが、本来の意味の『魔法』があり、なんらかの呪文とそれによって起きる現象の再現性があったら、それは科学の研究対象足りうるわけだ。

 だが、そんなものは今まで存在しなかった」

 ダコールは再び頷く。

 しかし、未だ、ライムンド教授の話の先は予想できていない。

 

「そんな中で、近代科学の萌芽から1000年を超える現代までで、人々がオカルトに引きずり込まれ続けているというのは、再現性ではないのか?」

「……なるほど」

 虚を突かれて、ダコールはそう答えるしかない。


 市井の教育が不十分な者が、オカルトを隠れ蓑にした詐欺師に騙される。これは、起きている事態への理解はできる。

 だが、科学者や軍人、さらには政治家という高度な教育を受け、世間知までもを身に付けた者ですらオカルトに傾倒することがある。これは、可怪しなことだ。


 これが1000年にわたって起きてきた現象として捉えるならば、再現性があると言えるだろう。

 だが、それは言えるというだけであって、なおそれでも金銭欲や自己顕示欲によってオカルトに引きずり込まれるという方が遥かに筋は通っているのではないかとも、ダコールは思う。


 そのダコールの疑念を、ライムンド教授は見抜いたのだろう。さらに言葉を続ける。

「その他にも、例えばビギナーズ・ラックという言葉は知っているだろう。

 骰子さいころを転がすと、その目の予想の的中率は6分の1だ。これは簡単に実験によって確かめられる。当然、転がす回数が増えるほど6分の1に収束していくわけだが……。

 だが、実験開始の最初の数回から10回目ぐらいまでに、ビギナーズ・ラックと呼べる現象が起きるんだよ。6分の1以上の確率で予想を当てる者が多いんだ」

「……なるほど」

 再びダコールはそう答えざるをえない。


「このビギナーズ・ラックという現象は、厳密に管理された環境でも起きることから、その現象を目の当たりにした実験者が、オカルトを信じてしまう切っ掛けとなりうるんだ。

 つまり、これが科学者がオカルトに足を掬われる理由だ」

「ですが、そうなると次は、ビギナーズ・ラックという現象の理由が突き詰められねばなりません」

 ダコールの言葉に、今度はライムンド教授が頷いた。


「そこで、さっきの話に戻る。

 人の体に重なって、トレースするように特定の素粒子によるネットワークなど、まともに考えたらありえない。

 電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用、さらに重力までが統合して行く中で、特定の素粒子なり因子ファクターXを想定するのは、間違いなく誤った思考だと言える。

 まして、人間の五感で捉えられない現象であればなおのことだ。

 だが……」

 ここで、ライムンド教授は一瞬口籠もった。


「ビギナーズ・ラックは五感では捉えられないけれど、現象としては捉えられている。このようなものも、考慮する必要があるのでは、ということでしょうか?」

 ダコールの言葉に、ライムンド教授は頷いた。

 科学者として、口に出しづらかったのかもしれない。

 ただ、それでも説明を続ける。


「おとぎ話ではあるが、この宇宙をゴムチューブに例える話があった。

 宇宙モデルとしては精度が低く、論文になるだけの整理ができてもいないのだがね。

 まぁ、知っているとは思うが、宇宙のゴムチューブは、始原ビッグバンから終末ビッグクランチまでに等しい。そして、ゴムというように多少の変容は飲み込みながらも、その基本的行程は変化しない。

 ワープとは、まずは空間穿孔によって、このゴムチューブの外に出る技術なのだ。そして、一旦ゴムチューブから出たら別のところに空間穿孔して戻る。これで、何百光年もの距離を時間の遅れもなしに跳ぶことができる理由だ。

 これをゴムチューブの向きに対して縦で行えば、時を跳ぶマシンになる」

「まさか、ビギナーズ・ラックとは……」

 ダコールは呆然と口にした。


 ライムンド教授の言いたいことが、朧気にでもわかってきたのだ。

 人の体内に、人と重なる形の特定の素粒子なり因子ファクターXのネットワークがある。そしてそれは、空間穿孔すらできる、と。

 しかも、それは空間だけでなく、時間すら超えうる、と。


「虫の知らせ的な話にも、説明がつくだろうな。

 このような体験も、科学者をオカルトに引きずり込む切っ掛けとなる。

 心霊現象と言われているものだって、人と重なる形の特定の素粒子なり因子ファクターXを観察し合った結果と言える。

 さらにもう1つ」

「はい」

 ダコールは、ライムンド教授の次の言葉が予想できた。



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あとがき

電気工事士も、公務員も、ジェヴォーダンの獣も、ダイオウイカも、みんなここにつながるのですw

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