第124話 我、見い出せり
ライムンド教授は、水冷ヒートシンクのパイプに手洗い水道から水を満たすと、一番LEDの点滅が激しいメインフレームの裏ぶたを開け、ワンタッチでヒートシンクを交換した。
続いて2つのペン立てからペンをすべて取り出して、それを濯ぐ。ペン立ては、琺瑯引きのカップになった。そこへライムンド教授は、ポリリン酸塩(防錆用)の瓶の中身を振り出した。
「私は、君の質問を笑うことはできないよ。
おそらくは、君の今の質問は、行方不明になったゲレオン君が絡む軍機なんじゃないのか?」
「はい、そうです」
「やはりな。
生命活動と君が今名付けた
だが……」
そう言ったライムンド教授は再びヒートシンクを交換し、そこから湯気の立つ液体をカップに注ぎ込んだ。一連の行動は手慣れており、犯行は何度も繰り返されていたことをダコールに窺わせた。
「ゲレオン君がどうなったか、君と行った先でどんなことをし、どんな目にあったのか、職場の同僚として噂程度には知っている」
そう言いながら、ライムンド教授はカップをダコールに渡した。
そして、ヒートシンクを元の山に戻し、ポリリン酸の瓶を戻し、痕跡を消した。
「その際のゲレオン君が見たもの、聞いたものの詳細まではわからない。軍機だからな。
だが、それを教えてもらえれば、私も自分の理論をより完成に近づけることができ、君もその仮説を聞くことで考えられることがあるかもしれない」
「わかりました。
ではこれを」
そう答えて一口飲んだ液体は、曲がりなりにもインスタント・カフェイン飲料の味がした。
ダコールは、情報士官パウルのパウルが纏めた、ゲレオン准教授に関する報告書をライムンド教授に渡した。
軍事機密扱いになってはいるが、伝えなければ情報は得られない。
そして、総統から紹介を受けた人物ということで、軍機に触れる資格はある者と拡大解釈しても問題にはならないと踏んだのだ。
パウルは、ディートハルト指揮下で旗艦レオノーラに乗り込み、無事に生還していた。そうでなかったら、この報告書がパウルの遺編になるところだった。実際、かなり危ない目にあったのだと聞いている。
「生命、そのものを見ることができるだと?」
ライムンド教授の呟きをダコールは無視した。
まだまだ報告書には先があったからだ。だが、ライムンド教授は報告書から目を上げて、ダコールを問い詰めてきた。
ダコールは目を伏せ、さらにライムンド教授の質問を黙殺した。
ライムンド教授は、
「対消滅炉に岩を放り込む技術、生命そのものを見る技術、ゆえに医療を必要としないということ、そしてこの図か。
いわゆるセンサーやマシンというのは、既存の身体能力や身体感覚の延長だ。だが、これはそこに収まりきらないものがある。対消滅炉に岩を放り込むということは、対消滅炉の位置を確認し、タイミングを合わせ……。
……対消滅炉にこの図が描かれているはずなどないし、月の軌道が……」
突然、ライムンド教授は、琺瑯引きのカップを一気に空けた。
「医療が不要……。
月軌道……。
金……」
次の瞬間、ライムンド教授は丸椅子から立ち上がり、半ば踊りだしていた。
「説明していただけますか?」
ダコールの言葉を、今度はライムンド教授が無視をした。
そして、高らかに腕を振りながら歌いだす。
ヴィース大学の寮歌で、本来の歌詞はそれなりに格調高いが、そちらで歌う者などいない。もちろん、かなりお下品な下半身中心の替え歌の方だ。
「ライムンド教授!」
「あ、ん?
あ、君か。
済まないが、帰ってくれ。
私はすぐに論文を書かねばならない。実験予算も請求しないといけないし、君の相手をしている時間はない」
ライムンド教授は、すでにダコールの名すら忘れてしまったようだった。
「ライムンド教授!
将兵の命が賭かっているのに、指揮官たる者が手ぶらで帰れるかっ!
さあ、説明しなさい。
そして、その話が軍機に触れないのであれば、初めて教授はそれを論文にできる。その手順を踏まなかったら教授は大学を追放され、二度と研究のできる環境を与えられることはない!
そして、ライムンド教授を失くした理論空間物理学は、20年は停滞する。
それを忘れず落ち着いて、さあっ!」
一軍の将の叱咤である。
普段はその片鱗も見せずにいても、また、言葉選びが部下に対するものではなくとも、一旦咆哮すればその迫力は凄まじい。
さすがのライムンド教授も、思考の天国から地上に降りてきた。
「……論文は書きようだ。
軍機に触れないように書くなど、簡単なことだ」
「そんな無駄なことを考えるより、さっさと説明してください。
悪いようにはいたしませんから」
「多寡が一軍人のくせに、物理学の発展に対して邪魔をするか?」
「その一軍人から情報提供されたから、理論構築できたのでしょう?」
ダコールがびしびしと論破を重ねると、ようやくライムンド教授は再び丸椅子に腰を下ろした。
「……その昔、唱えられた仮説がある」
「拝聴いたしましょう」
「人の体に重なって、トレースするように特定の素粒子によるネットワークが存在するという仮説だ」
「ほう」
ダコールはただ相槌を打つ。ライムンド教授が語りやすいように、だ。
「少し長いが、説明のために横道に入る。
オカルトは、科学ではない」
ライムンド教授ほどの科学者が、単なるオカルト否定のために言葉を消費するとは思えない。
あまりに当然のことからの話し出しに、逆にダコールは身構えていた。
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あとがき
謎は角度を変えてやってくるのです……
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