第123話 秘密の共有


 ライムンド教授は天井あたりを見ながら、例え話を考えている。

「うー。

 ……君は当然、素数は知っているよな?」

「はい、さすがにそのくらいは」

「自然数を渦巻き状に配し、素数をピックアップすると、そこにパターンを表す図形が現れるのは知っているかな?」

「聞いたことはあります」

 ダコールも、なんであっても理解する覚悟をして答えた。

 そんな話、どこかで聞いたことがあるような気しかしていないのだが……。


「その素数が描くパターンがなんらかの力を持って、印刷した紙がなにかを起こすなんて言ったら、君は鼻で笑うだろうな」

「まぁ、そうですね。

 少なくとも、今の私は信じられません」

 そう答えるダコールに、ライムンド教授は至極真面目に答えた。


「そうだ。

 素数のパターン自体に、そんな力があろうはずもない。

 だが、位相の理論式を展開したパターンは、ゲートになりうるんだよ」

「ゲートとは?」

「亜空間回廊の入り口に決まっているじゃないか。

 外側の位相を定めるということは、通路が作られることに等しい。だが、回廊とは言い切れないんだ。目的地まで規定されたわけじゃないからね。あくまで入り口だけだ。

 もっとも、単にこの図形を紙に印刷したから、そこに他空間への通路がいくらでもできるというものではない。

 だが……。

 空間作用を持つなんらかの因子ファクターといえるものがあれば、そしてそれをこのパターンに並べれば、亜空間回廊は口を開く」

 ダコールは、自分の理解が正しいか確認するために、質問をした。


「つまり、従来の対消滅炉ほどのエネルギーがなくても、その因子ファクターがあればワープは可能になるということですよね?」

「まぁ、そうだな。

 だから、さっき『魔法』と言っている。

 その因子ファクターを描けば、それだけでワープができるんだからな。それっぽく呪文を唱えて、むにゃむにゃむにゃ、ぽん、だ。

 少なくとも、回廊の出口を決める方法は私にはまったくわからんし、そういう意味でも魔法だな。

 まあ、それが呪文だって、私は驚きはしない……、いやすまん、驚くな」

 ダコールは、内心かっくんと来たが、ライムンド教授の表情があまりに真面目なので笑うのは堪えた。


 ただ、内心「まさか、ここでも魔法という単語に行き着くとは……」とも思っている。

 そんなダコールを気にすることもなく、ライムンド教授は続ける。

「だが……。

 我々は未だ数式の上にしかその因子ファクターを想定できていない」

 ダコールはここでライムンド教授が、ことさらに「因子ファクター」という単語を使っていることに気がついていた。


 従来の素粒子とは、相容れない部分があるのかもしれない。

 さらに言えば、未だ論文にもなっていない、ライムンド教授の頭の中の仮説なのかもしれない。

 これは逆に、理解できない領域の科学である「魔法」という見解が、正しいという可能性を示すのではないだろうか。


「ライムンド教授。

 その因子ファクターといえるような物質の存在は、証明されているのですよね?」

「式では表せるぞ。

 ここの20台のメインフレームの並列処理で、シミュレートも済んでいる。

 ただ、どうにも物質と言い切れるものではない。質量は規定できなくはないが、極めて軽量だ。そして、他の素粒子と同じく無から生じ、無に帰っていく。

 その点だけ言うなら、グラビトンと同じだ。理論は立てられても存在は証明できていない。そして、重力と異なり、観察もできない現象だから、数式ごとまるまる無視しても物理理論はまったく破綻しない」

 どこかで聞いたなと思いながら、ダコールは頷く。


「まあ、電磁気力と弱い力が統合し、強い力も統合し、さらに重力も統合されて、力の記述が統一されつつある中で、余計な因子ファクターを考えるのは、物理の論議の中に神の意思を持ち込むようなもので、噴飯ものの議論と言われても仕方ないのだけれどね」

「その式によれば、どのような場所にその因子ファクターは存在しうるのですか?」

 ダコールは、その因子ファクターの存在の有無には踏み込まずに聞いた。


「条件としては、恒星最深部の核融合生成された鉄のさらにその中心、超新星に至り中性子星となった後の超重力の中で、金という核種が生まれる際にもっとも放出されるかもしれない。

 だが、膨大な重力の中心でないと存在し得ないものだから、ま、計測も難しいな」

 そう言われて、ダコールはしばし考え込んだ。


「すみません、ライムンド教授。

 誠に思い切ったことを聞くのですが、門外漢の妄想として笑っていただければ……。

 その因子ファクターXは、生物の生命活動に密接に結びついているということはありえますか?」

「わからん」

 短く答えたライムンド教授は立ち上がった。


 そして、メインフレーム近くに置かれた、ヒートシンクの山から戦利品をかざすように複雑に絡み合ったパイプを取り出した。

 次に、棚から「ポリリン酸塩(防錆用)」と書かれた瓶をかざした。


「今の質問、ただごとではないな。

 そちらが軍事機密について話してくれるのなら、飲み物を作ろう」

「どういうことです?」

「ここは飲食禁止だからな。

 CPU用の水冷ヒートシンクの中身と、防錆剤を混ぜるぐらいのものしか用意していない。だが、これらを混ぜ合わせると、チープなインスタント・カフェイン飲料ができる確率も0ではないだろう」

 ダコールは思う。「なるほど、こちらが提供する情報によって、出してくれる情報にも差が生じるわけか」と。


「いただきます」

 そう答えるダコールは、軍機を明らかにする覚悟を決めていた。そのダコールに、ライムンド教授は深刻な顔で続ける。

「学生にバレては困る。

 秘密の共有だ」

 軍機と、研究室のルールを一緒にしないで欲しいと思いながらも、ダコールは頷いていた。

 おそらくは、これからこそが腹を割った話し合いになるだろう。



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あとがき

酸化第二鉄でもいいのですw

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