第120話 総統
ゲレオン准教授は、手放しで教え子を褒めた。
「すばらしい。
普通は、燃焼と水の関係には気が付かないよ。
ともかく、そういうことだ。
炭はもう分けられないが、灰はまだ分けられる。水ですらな。
乱暴な説明だが、ビスケットを食べれば、体内で水と炭に分かれ、炭は燃えて気体となり肺から出ていく。
その炭の入った気体は植物が回収し、再び樹木や食料になっていくのだ」
そのサイクルを聞いて、今度はリゼットが驚いていた。身体感覚で感じ取れる範囲は狭い。惑星規模の炭素の循環には目が行っていなかったのだ。
「ともかく、この周期表こそが、我々のすべての知識の集大成であり、同時にさまざまなテクノロジーの源でもある。
そして、当然だが周期というのにも意味がある。
我々はここから始まって、ついには空間跳躍まで成し遂げたんだ……」
「先生、お話ではなく、きちんと詳しく教えて下さい!」
そう言い募る教え子の目は、知識欲と准教授と知に対する尊敬に満ちていた。
ヴィース大学でも、ここまで食いついてくる学生はそう多くはない。
「では一旦基礎に戻ろう。
知とは、土台から積み上げないと高みには達することができないものだからね」
ゲレオン准教授はそう語り、続く説明はさらに熱を帯びた。
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「はさみ座方面軍、壊滅しました」
極めて無機的に秘書官が伝えてきた。
負け戦は、秘書官が伝えてくることが多い。
戦争は勝つこともあれば負けることもある。勝利したときにあまり浮かれた報告をしてしまうと、敗北したときに報告する顔がない。だから、負けたときの報告は秘書官に押し付ける輩が多いし、結果として秘書官は無機的に、機械的に戦況報告をするようになる。
「ニクラス君。
壊滅というが、生き残りはいるのかね?」
「旗艦レオノーラのみ生き延びております。
乗組員に死傷者はいますが、エッカルト副司令以下、
総統は眉を顰めてみせる。
そして、うすうす答えのわかっている問いを投げかけた。
「総作戦司令のディートハルト君はどうした?」
「戦場で、総作戦司令の権限を剥奪されました」
「ま、そんなことだろうとは思っていたよ。
統幕に出した私の意見を、再度先方に伝えてくれたまえ。
私はこの人事に積極的ではなかった。これは彼らの失態だ」
「わかりました。
再送するにあたり、枕の文面はこれでよろしいでしょうか?」
総統は、秘書官が差し出した紙片に目をやると、軽く頷いた。
「その上での2枚目ですが、こちらでよろしいでしょうか?」
秘書官の気の利きようは、総統の考えを読んでいるがごとくだった。
だが、実はそうではない。
総統に集まる情報と同じものに触れていれば、同じように予測がつくのだ。それだけ、総統の持つ情報力は広く、深い。
「ダコール君再登場の勧め、か。
いい文面だとは思うが、とりあえずは1枚目だけを統幕に送っておくように。
そして……。
そうだな、明日のランチにダコール君を呼びたまえ。彼には確認しておくことがある。それまで再登場は決定できない」
「かしこまりました」
秘書官はそう答えると、一礼して部屋から出ていった。
「……とことん、無駄使いさせおって」
独りになった部屋で、総統は苦々しく吐き捨てた。
各方面軍総作戦司令の中で、勝率が一番高いのはディートハルトであり、僅差でダコールが続いていた。
だから、ダコールが負けたときに、ディートハルトと軍から名前が上がってくるのは当然とは言えた。
だが、総統から見る限り、ディートハルトの勝利に価値はない。
いきなり征服すべき星の全生命を滅ぼしてしまうようなやり方は、全省庁の上に立つ総統からしてみれば、コストが高くてやっていられないのだ。
軍が、ディートハルトを推してくるのは当然だ。
ディートハルトの戦争は中性子爆弾数発で済み、戦死者も出ない。軍予算は節約されるし、被征服民を差別的に見る軍関係者は多いから、皆殺しに快哉を叫んでも、非難する者は少ない。
だがその分、移民局から膨大な予算が消化されてしまう。
これもまた、当然だ。
陸上生態系が壊滅した星に、移民を送り込めるわけがない。さらに言えば、中性子爆弾では、水中生態系は生き延びるのがさらにたちが悪い。こちらの本星から陸上生態系を持ち込んでも、水火器物を一つにせず、うまくいくわけがない。
「せっかく戦費を使って征服したのに、文句を言うとは何事か」と破壊された惑星を押し付けられ、移民前にテラフォーミングと同等の苦労を強いられる移民局からすれば、ディートハルトの作戦は論外なのだ。結果として、「移民目的の征服なのに、暮らせないまでに破壊するとは何事か」という声が出るのも当然だ。
だが、実力行使機関である軍に対し、移民局の意見はいつも最後は押し切られてしまう。「移民局の予算節約のために、軍人が死んだ方が良いのか? 軍は、ハビタブルゾーンに惑星を確保したではないか」という、アンフェアな言い分にいつも勝てはしないのだ。
だから今回、総統は軍の意向を受け入れる素振りで、その実、ディートハルトに試練を与えることにしたのだ。
遠距離から中性子爆弾を撃ち込んで、その星の生命を皆殺しにする以外の方法で勝ってみせろ、と。それで勝てなければ、ディートハルトの戦争は、初等教育を受けている子供ですらできる安易なものと堕す。
そして、ディートハルトは負けた。
あまつさえ、失態を晒し、
もともと軍に対して支配力の強い総統ではあるが、常勝のディートハルトを
これで、統幕はさらに総統に対して頭が上がらなくなった。
すべては総統の目論見通りであったが、祝う気になれぬのが腹立たしい。戦死した将兵の命と予算は戻らないのだ。
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あとがき
当然、次話では、総統も相当にw
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