第119話 教育


「では、金につき、フォスティーヌ頼んだぞ。

 まずは詳細を、からくり師と相談するのだ。

 おそらくは、魔素笛ピーシュ、鉄を金で包んだだけのものゆえ、今まで分解されるより、次の新造魔素笛ピーシュに流用されることが多かったのであろう。

 だが、気が付かれなかった理由はそれだけではあるまい。

 小が大を制す、これは為政でも常に問題となることよ。これは、どのような問題でも変わるまい」

「お言葉、感謝いたしまする」

 フォスティーヌが深く礼をするのに、さらに王は続けた。


「ところで、天耳通の術のリゼットであるが、余にくれぬか?」

「なにか、リゼットでないとできぬ仕事がおありでしょうか?」

「しばし悩んだのだが……。

 リゼットに、捕虜とした者から敵の知識を学んでもらえぬかと思っている。

 なぜリゼットか、なのだが……」

 王は、片手を上げて、順に指を折る。


「1つ目だが、リゼットは捕虜の言葉がいくらかでもわかるようだ。それをより深めてもらいたい。再び敵が来襲したとき、その言葉を天耳通の術と併せて聞き取れるということは、果てなきほどの有利さがある。

 2つ目だが、リゼットは若く、いろいろなものを学ぶ余地がある。だが、こちらの魔術との整合が取れねば意味がない。先ほどの世のものはおよそ173の種類に分類でき、その組み合わせの法則は、重さ順に並べた周期に従うとのこと。これはおそらくは天からの敵にとっての魔法陣であろう。

 リゼットは魔術師ゆえ魔素を肌で理解している。ゆえに、天からの敵にとっての魔法陣と魔術との整合を任せることもできよう。そのあたりも他の者を持って代えがたい。

 3つ目だが、あの小娘、使えぬ者かと思っていたが、飛竜旅団の命を救うなど、近頃なかなかにやる。天眼通の術のアベル、師としての薫陶が良いのかも知れぬ。

 なら、より大きな仕事を任せ、さらに成長してもらいたいのだ」

 フォスティーヌは先ほどよりさらに深く頭を下げた。


「かしこまりました。

 王の慧眼、いたみいります。

 ただ、1つ願い出たき儀あり。

 その『近頃なかなかにやる』のお言葉、ぜひ、直にリゼットに伝えてやっていただけませんでしょうか?

 天涯孤独の身ゆえ、なにかと意地を張り、行き届かぬところがあるのは事実。ですが、王より言葉を賜れば、それを生きる寄す処よすがとできましょう」

「そのようなことであれば、余が直接命じ、伝えてもよい」

 再度、フォスティーヌは礼をする。


 駄々っ子に等しかったリゼットが、これで1人の魔術師として大成するきっかけを与えられるのであれば、親代わりのフォスティーヌにとってもこれほどありがたいことはない。


「ともあれ、大型魔素笛ピーシュのための金が確保できれば、これ以上の重畳はない。からくり師どのも引き続き、よろしく頼む」

 王の言葉に、フォスティーヌとからくり師は揃って胸に手を当て、礼を取った。



 王は鷹揚に頷きながら、別のことを考え出していた。

 大型魔素笛ピーシュの使い道である。

 新しき切り札を得ても、手の内を見せればすぐに敵は対応してくる。大型魔素笛ピーシュが効果を発揮するのは、最初の1回のみかも知れぬ。ならば、極端なまでにその1回を効率的に利用せねばならぬ。

 大型魔素笛ピーシュのような効果的な手が、次もあるとは限らぬのだ。


 もっとも、あの石橋を叩いて渡らぬ敵の将である。

 そうそうこちらの思うようには動いてくれぬであろうし、大型魔素笛ピーシュが使えるかもわからぬ。

 敵の乗り物に魔法陣を残してきた以上、敵が月軌道の外側にいても偵察、攻撃はできよう。だが、それは希望的観測には繋げられまい。敵の将が魔法陣を見つけだし、その意味を見抜くことまで考えておかねばならぬのだ。

 そうなったら、再び敵を死地に引きずり込むためには、前回を超える犠牲が必要となろう。


 とはいえ、悲観的予想ばかりではない。

 あの敵の将が再び来るかはわからぬ。あれだけの損害を与えた以上、通常ならば左遷の憂き目にあっていよう。統治者として前回の戦いを評するなら、あの敵の将が来ないようにできて、初めて勝利を拾ったと言える。そして、その公算は高い。


 敵の軍が、将は武人であっても兵がそうではなかったのだとすると、後任の次は将は武人ではないかも知れぬ。数の問題として、その確率は高い。

 となれば、次の来襲時にはまだまだ不完全であろう大型魔素笛ピーシュは温存し、さらにその上でこちらには被害を出さずに撃退できるやも知れぬ。



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 ゲレオン准教授は、優秀な教え子に恵まれて幸せを感じていた。

 自らの専門である宇宙文化人類学以前に、初等教育の理数系を教えていても、である。

 高度な物理学、化学、さらには材料工学や航宙法などは、機関部員や航宙部員が教えてくれよう。そういう意味では、気楽ささえあった。


 教え子は、栗色の編んだ髪を揺らす未だティーンに満たない女の子ではあるが、言葉のハンデを超えて知識を吸収していくスピードは驚異的ですらあった。


「周期表とは原子、この世で最も小さく、それ以上に小さくできないと考えられていたものを並べたものだ。

 例えば……」

 そう言ってゲレオン准教授はペンを手に取った。


「これはなにからできている?」

「樹木と炭です」

「そうだな。

 炭は炭だが、樹木は分けられる。

 例えばこれを燃やしたら、なにが残る?」

「なにかを燃やして得られるのは、水、灰、炭でしょうか」

「よく、水に気がついたね」

「部屋で火を燃やすと、ビスケットが湿気ますから」

 ゲレオン准教授は驚きの表情になった。

 まさか、教え子であるリゼットが、そのような物質の変化を身体感覚で感じ取っているなどとは、予想の範囲を超えている。



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あとがき

肌感覚で知っているからこそ、突き詰められることがない。

まぁ、よくあることなんでしょうね。

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