第118話 金という物質

 

「我が王よ、王都のからくり師より緊急の目通りの願いが来ております」

 ゼルンバスの玉座の間、儀官が王に願い出た。

「なにゆえ、からくり師が緊急と?

 あやつには大型魔素笛ピーシュの製造を命じていたはず。緊急の事態など、ありようがなかろう」

「そうは思われますが、顔色、ただならぬものが」

「仕方ない。

 目通り、許そう」

 そんな話ののち、からくり師が玉座の間に小走りで駆け込んできた。

 よほどに気持ちが急いているのだろう。

 そこそこ重そうな包みを、両腕で抱きかかえている。


「どうした?」

 からくり師の態度を見取って、王も儀礼を省略していきなり尋ねた。

「これをご覧くださいませ」

 そう言うと、からくり師は包みを解く。


「これは?」

 と聞きかけて、王はそれが何であるか気がついた。同時に、からくり師が報告を急いだ理由も、である。


 これは、魔術を撃ち出すための魔素笛ピーシュの先端である。

 魔素が流れるよう、そしてその方向を定められるよう、金でできた鋭い槍の穂先のような棒が魔素笛ピーシュの先端には付いている。

 そして、この棒でもって近接戦闘ができるよう、金の中には鉄の芯が入っている。


 だが、その金でできた鋭い槍の穂が縦に切られた中に、鉄の芯は存在していない。ほぼすべて金である。

「なぜ?」

 王は訝しげにからくり師に聞く。

 聞くと同時に返事を待たずに顔を上げ、「魔法省の長、フォスティーヌを至急ここへ」と儀官に命じる。

 からくり師の見解だけでは、正確性を欠くかもしれないという判断である。


 だが、からくり師は、恐ろしいまでの早口で捲し立てた。さながら、飛行中の翼竜ワイバーンの心臓の響きのようである。

「古い、いえ、使用回数の多いものほど、鉄芯が見られないのです。

 古くても、しまい込まれていたものは鉄芯がそのまま残っております。

 新しくても、訓練用などで使い込まれたものは、鉄心が大きく減っております。

 おそらくは、魔素に包まれた回数が多いものほど、鉄が金に……」

 

「まぁ待て。

 そう焦るな。

 そなたが急ぎ報告に来てくれたことは嬉しい。だが、ことは重大ぞ。

 金が作れるとなれば、問題は一気に解決する。とりあえず今は、魔法省の長が来るのを待て」

「かしこまりました」

 からくり師は、落ち着けないという顔のまま答える。


 王は金の穂先を持って立ち上がり、玉座の間の真ん中に運び込まれている巨大なテーブルの上にそれを置いた。

 それとほぼ同時に、フォスティーヌが玉座の間に駆け込んできた。おそらくは簡易魔素炉から伝えられた命令を受け取り、即、駆けつけてきたのだ。

 今は戦時である。すぐに玉座の間に駆け込めるよう、心身ともに備えていればこそのスピードである。


「これを見よ」

 王は単刀直入に、フォスティーヌに話しかけた。

 戦時とは、儀礼を退化させるものなのかもしれない。


「どう思うか?」

 王は、言葉を重ねる。

「これは……。

 金以外の素材は、魔素を流しませぬ。

 ですが、強制的に流し続けると、鉄も金になるのやもしれませぬ。とはいえ、思いどおりに外界のものを変えることのできる天足通の術をもってしても、鉄は金にはなりませぬ。

 よほどの圧力をかけるか、よほどの回数を経るか、もしくは……」

 フォスティーヌは言い澱む。


「もしくは、なんだと言うのだ?」

 王の重ねての問いに、フォスティーヌは迷いを捨てようと頭を振る。

「鉄は金に包まれ、その性質が移ったのやもしれませぬ。

 魔素が媒介したのかも……。

 ただ、まことにお恥ずかしき仕儀ながら、どれも言い切ること能わず。

 おそらくは、もっと深い理由わけがあるはずかと。ただ、今の魔法の術体系の中では、その理解はできかねまする」

「……やむをえまい。

 だが、これで金が手に入れば、さまざまな問題は一挙に解決する。これを活かし、すぐさま金を作れ」

「御意」

 フォスティーヌは一礼し、すぐにローブの裾を翻し、玉座の間から出ていこうとした。すぐにでも、魔素の吸集・反射炉で確認をしてみたいのであろう。


 だが、王はその背に声を掛けて引き止めた。

「まぁ、待て。

 そう言えば、あの捕虜共に金の増産について問うてみよと言った覚えがあるが、聞いてみたか?」

「先に報告すべきでございました。

 ただ、答えが否、でありましたゆえ」

 まずはそう答えたフォスティーヌは、頭の中でなにかを整理するかのように一旦目を閉じた。


「彼らが言うには、世のものはおよそ173の種類に分類できるとのこと。

 それらが単体で、もしくは組み合わされてさまざまなものを形作っており、その組み合わせの法則は、重さ順に並べた周期に従うとのこと。

 ただし、あまりに重いものは自己崩壊し、自然には存在できぬ、と」

「ちょっと待て。

 意味がわからぬ。

 フォスティーヌ、そなた、捕虜共の言葉、すべて理解しておるのか?」

 王の問いは、焦り気味ですらあった。

 彼らに見えている世の真実は、こちらと大幅に違うらしい。その理解が及ばぬとなれば、敵の上を行くのはあまりに難しい。


「いいえ。

 私とて、この世に対する理解があまりに異質で、彼らの言う言葉を必死で憶えたまで、でございます。

 金についても、我らとは理解が異なりました。

 金は79番目の重さ。自己崩壊もしなければ、他の物と組み合わされることもほぼなく、極めて安定しているとのことにございます。ゆえに、水銀から膨大な力、膨大な年月を要して作れないこともないが、他の星に金を探しに行く方が現実的なほど難しい、と」

「……なるほど」

 王はそうフォスティーヌに応えたが、情けないことに言われたことの半分も理解できていない自覚があった。


 これは、早々に専属に学ぶ者を選定する必要がある。若く、魔法を理解しているうえで、捕虜の話を理解できるまでに学べる者を、である。



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あとがき

周期表なんて、いきなり持ち出されてもちんぷんかんぷんでしょうねぇ。

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