第117話 後継艦隊壊滅
「全艦、全砲門、対惑星地表用弱装弾発射用意」
艦隊旗艦、アーヴァー級宇宙戦艦レオノーラの第2連携戦術
レオノーラは、不沈艦との誉れが高い。
先のこの宙域での戦闘で、敵に乗り込まれながらも生き延びた艦なのである。
だが、ディートハルトは新造艦の方が良かったと思っている。
前任者は、艦隊を全滅させてしまった。生き延び、回収された艦も、乗組員は失われていた。
圧倒的火力を持つ艦隊を無為に扱い、敵に付け込まれたのだ。
他の方面軍総作戦司令から横滑り人事で任命されたディートハルトからすれば、馬鹿らしいの一言に尽きる。
レオノーラが不沈艦と呼ばれたのは、前任者の失策のせいだ。艦隊が全滅しなければ、不沈艦などとこの艦が呼ばれることなどなかった。結局のところ、珍重する必要などない、単なる中古艦なのである。
本来ならばこのような惑星、遠距離からの中性子爆弾で皆殺しにしてしまえば話は早いのだ。
いつもであれば、そうしている。
全生命が死に絶えた惑星に降下するのは、気持ちが清々して良いものなのだ。
だが今回は、80人以上が人質になっている。救出作戦の素振りも見せず、敵惑星の全生命を殲滅するという作戦はさすがに採れなかった。そんなことをしたら、軍としての外聞も悪いし、80人の遺族、ざっと300人からが集団訴訟に訴えるだろう。
この面倒臭い事態も、前任者の失態のせいだ。
「全艦による対惑星地表用弱装弾による飽和攻撃後、人質の救出のために着陸する。
対惑星地表用弱装弾攻撃によって、人質の生命が失われても仕方がない。これ以上の被害を出さないために、一気に攻撃をかける。
全艦、1分後に対惑星地表用弱装弾一斉発射。すべての地表にばら撒け!
ぐすぐずするなっ!」
ディートハルトは、艦隊全体にカウントダウンを伝える若いオペレータ士官が、機器操作に手間取っているのに気がついて叱りつける。
どの士官も練度が低く、素早いオペレーションには不安が残る。折につけ訓練は重ねてきたが、新造艦隊の初めての実戦で齟齬が生じるのは当たり前だ。それを防ぐために、ディートハルトは部下により厳しく接しなければならないと思っている。
「全艦、全砲門、対惑星地表用弱装弾斉射まで20秒。
秒読み開始」
「15、14、13……」
ディートハルトの頭の中では、斉射後から捕虜救出不可能の報告書を書くまでのすべての行程ができあがっていた。
前任者の報告は読んでいたが、新たな偵察衛星を送り込んで得られた映像を見ると、あくまで蒸気機関以前の文明である。前任者がどこを恐れたのか、さっぱりわからない。
無敗の指揮官と呼ばれ、自縄自縛に陥ったとしか思えない。
敵が生身で剣を持って乗り込んできたなど、負けた言い訳なのではないか?
実際、軍の中でも、そう考えている者は多い。
しかもその敵が人質まで取って撤収してのけたなど、信じることはできない。なにも考えずに強行着陸し、歩哨も立てずに艦内出入り口を開放し、船内に敵兵の侵入を許したという可能性の方が遥かに高い。こんな見っともない失態をしたら、当然隠そうとするだろう。
前任者の報告すべてが信用できないが、それでも月軌道の外側から攻撃をかけるのは、セオリーでもあるからだ、
月に敵基地があった場合、挟み撃ちにされる可能性がある。月が惑星の向こう側に行っている時に攻撃する手もあるが、戦闘が長引くと結局は月が姿を現し、十字砲火から挟み撃ちにされてしまう。
秒読みは続いている。
「9、8、7……」
ディートハルトは苛立ちながら、カウントが尽きるのを待っていた。
不意に僚艦ゲルダが純白の光に包まれた。
大型艦、戦艦から次々と連鎖したかのように爆発が続き、スクリーンは眩い光を映し出し、本来暗いはずのC.I.C.は真昼の草原のように明るくなった。
たった3秒ほどの間に艦隊の7割を喪失し、ディートハルトは司令として口を開く間もなく、次の3秒で補給艦に至るまでの残り3割の艦が失われるのをその目で見た。
救助部隊など出す必要を認めない。すでに全員死んでいる。多分、自分が死んだことにも気が付かないままに。
それほど見事なやられっぷりだった。
「艦反転180度、離脱!
急げ!」
ディートハルトは声まで蒼白になって命じ、返す刀でオペレータ士官を叱りつけた。
「レーダー、なにを見ていた!?
貴様、怠慢だぞ!
貴様のせいで……」
「レーダーに感なし。
記録再生できます」
「貴様、生意気だぞ!」
「……申し訳ありません」
実に不満そうな士官の顔を見ないようにして、ディートハルトは必死で次を考えた。
このままだと、前任者より損害が大きい。間違いなく左遷である。
「艦回頭、取舵90度。
敵惑星と並行進路を取れ。
大型ミサイル4、遠距離発射用意。弾頭は中性子爆弾。敵惑星赤道に沿って、経度90度で等間隔に撃ち込む。
発射準備急げ!」
「人質の救出は諦めるのですか?」
副司令兼艦隊旗艦艦長のエッカルトが聞くのを、ディートハルトは黙殺した。
「ええい、発射準備まだか?」
次の瞬間、艦内警報がけたたましく鳴り響く。
「艦長、偵察機格納庫に、突如大岩が出現。
偵察機、全壊。格納庫も被害甚大!」
その被害報告の声が終わらないうちに、艦内損害モニターの各所が赤く点滅を始める。
「3RS(Resource recycling and resynthesis system)損壊。
第一、第二、第三主砲管制室、損壊。
ミサイル発射管、全壊!
被害、まだ続きます!」
「総作戦司令に意見具申っ!
すぐにワープ、現宙域を離れましょう!」
エッカルトの叫びに、ディートハルトは首を横に振った。その顔色は蒼白で、目は血走っていた。
「艦、このまま敵母星に突っ込む。
対消滅炉の出力最大。
ミサイル全弾頭、アクティブに!」
その命令の次の瞬間、エッカルトの声がC.I.C.に響いた。
「総作戦司令の権限を剥奪の上、その身柄を拘束。
副司令権限をもって、士官3名の同意を求める!」
「上陸機動部隊、オイゲン少佐、同意!」
「艦内ダメコン隊、ハーゲン大尉、同意!」
「艦載機管制、クヌート中佐、同意!」
「緊急ワープ。
今!」
こうして、新造ディートハルト艦隊は、たった数十分で消滅した。
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あとがき
ま、当然ですわなー。
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