第116話 左遷


「なるほど。

 貴官の言いたいことはわかった。

 だがそれは、ダコール司令と貴官との個人的つながりによる忖度ではないのかね?」

 その質問に、副司令のバンレートは怒りを露わにした。


「小官は、証人として厳正に答えろという命令に従っております。

 一軍人として、そのような忖度はしておりません!」

 目を怒らせてバンレートはそう答え、対称的にダコールは目を伏せた。


 ダコールには、この査問会の構図が見え始めていた。

 高級軍人の世界は、限られたポストの取り合いだ。そういう意味からしても、ダコールに非がなくとも、方面軍総作戦司令の任が解かれることは間違いないだろう。

 だが、統幕にもそうそうポストがあるわけでもない。

 民間出向か、どこかの顧問という形で厄介払いしたいのだろう。それを、ダコール自身の口から言わせる機会として開かれたのが、この査問委員会なのだ。


 軍法会議まで話が広がると、話はあからさまになってしまう。

 軍上層部でダコールの生馘首を斬るようなことはできなくなる一方で、ダコール自身にも敗軍の将という引け目がある。

 それだけではない。

 ゲレオン准教授を後送しなかった非を問われたら、ダコールとしても苦しくなる。ただ、敵の持つテクノロジーがオカルトじみているため、水掛論になりかねないから議論されていないだけなのだ。

 どちらにしても、互いに弱みを晒し合わねばならない軍法会議は避けたいのだ。


 そして、すでに敗軍の将である以上、方面軍総作戦司令の任に未練を見せたら陰で非難されよう。

 潔く身を引いてこそ、万が一に次に繋がる目もあるかもしれない。席にしがみついたという、悪い意味で記憶に残ってはならないのだ。

 この委員会を開いた誰かの手に乗ると、ダコールは決心していた。


 戦死した艦隊将兵に対し、責任があることは事実だ。

 そこから逃げる気はない。

 ただ、その責任の取り方は二通りある。

 敵と再戦し、勝利し、戦死者の無念に報いること。

 身を引き、身を慎み、粛として戦死者のために祈りの人生を過ごすこと。

 まずは1つ目の道を模索したが、それは許されないようだ。となれば、2つ目の道を行くしかない。


 だが、そうなると、バンレートを巻き添えにはできない。

 バンレートには軍の中枢にい続けてもらってこそ、情報も入るというものだ。

 あの正体不明の敵に対する未練がないと言えば嘘になる。

 むしろ逆だ。

 なんとしても復讐し、戦死者の無念を晴らし、自身の誇りを取り戻したい。

 そもそも、敵が残したあの紋様、それをダコールとバンレートは報告していない。これは、敗北と戦死者の屍の上に得られたものである。先々の自分たちの復讐への切り札だと、2人で意見が一致したのだ。


 そのうちに、再び後継艦隊が編成され、敵に向けて侵攻が始まるだろう。

 ダコールとバンレートが指揮していない艦隊が再び大敗したら、再び目が回ってくることも考えられる。

 それに……。


「委員長、発言の許可を求めます」

「よろしい」

 ダコールは許可を得て、査問委員会の意思を確認する覚悟を決めた。


「今の証人の言葉で、小官は自身が方面軍総作戦司令の任に不適格だったのではと考えております。

 慎重と大胆、この2つを併せ持つ者こそが作戦司令には相応しい。

 小官には大胆さが足らなかった。

 それを指摘してくれたバンレート副司令に満腔の感謝を捧げるとともに、これを機に身を引くことを考えたいと思います。

 しかしながら、このまますべてを放り出したと思われるのも心外。

 負けたとはいえ、敵に関しての少なからずの情報、ノウハウ、肌感覚が得られております。それらを提供する機会をいただけませんか?

 身を引くのは、それからにできればと……」

「ダコール君。

 それには及ばない。

 身を引くというのであれば、軍事博物館の戦史研究部に顧問の席を用意しよう。

 君の経歴に傷はつかない。

 これでよいではないのかね?」

 委員長の声が響く。


「結構です」

 そう返事をしながら、ダコールは内心で毒づく。

「もういない者として、『君』呼ばわりかよ」と。しかも、案の定、ポストまで用意していやがった。


 国のために、再編成される艦隊の敗北を防ぐという努力は拒否された。

 これで、良心の痛みなく、むしろ正当に情報を持ち続けることができる。

 ただ、バンレートがひどく悲しそうな顔になったのだけが、ダコールの心に痛みを残した。



 ダコールは、2日後の辞令で異動が決まった。

 バンレートも、同日付で他の方面軍への再配属が決まっている。

 2人ほどの地位にいる者の人事ともなれば、総統決裁が必要である。即日というわけにはいかないのだ。




「シャワー室の紋様だが、うまく上塗りして隠せるか?」

「問題ありません。

 というか、すでに命令済みです」

 母星の総統府から離れた場末のバーで、ダコールとバンレートは琥珀色の液体を前にしている。


「総司令が、私を救おうとしてくれたのはわかりました。

 ですが、無念です」

「いいんだ。

 総統はこの人事の決裁を渋ったと、情報が流れてきた。

 だが、再編成される艦隊の勝利への貢献を断られた時点で、私の考えは決まっている。

 おそらくは、査問委員会の雰囲気からして、後継艦隊の司令は私の経験を聞きには来ない。

 そして負けるのは確実だ。あの謎の力を持つ敵が、次の会戦までにどれほどの進歩を遂げているか、想像もつかないだろ?」

 ダコールの言葉に、バンレートは軽く笑った。


 解任されたということは、すでに他人事である。

 あの強敵と戦うはめになった者が、よほどに個人的に親しい者でもあれば別だが、高みの見物を決め込むことができる。

 これは新たな発見だった。

 他人の苦労は、横から見ている分には楽しいものらしい。


「もっとも、苦労で済めば良いが、な」と、ダコールはバンレートにも告げず、内心考えていた。



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あとがき

他人の敗戦棋譜を見たがらない自信家って、とても多いですもんね。

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