第115話 査問委員会
極限までの緊張と、そこからの開放。
自尊心の破壊と、見えない未来。
これが、人の心を効率的に崩壊させる方法である。
極限までの緊張と開放。
これは繰り返されるたびに、耐えられる限界点は下がっていってしまう。
拷問は、1度は耐えたとしても、拷問されたというだけで負けなのだ。次は同じ苦痛に耐えられないし、心は拷問吏に対して卑屈さを憶えてしまうのだから。
そこから心を立て直せるとしたら、自尊心と未来への展望が不可欠である。
かつて、血腥い時代には、捕虜は男女問わず犯し抜き、その後、無条件に去勢するということもあった。
これで、鞭打つなどの無駄な時間を掛けずとも、ぺらぺらとなんでも喋るようになる。
自尊心と未来への展望を奪われた人間は、自暴自棄になり、守らねばならぬものさえ見失う。
そのセオリーそのままに、人質に取られた捕虜たちは、抵抗の意志を持つ心の働き自体を打ち砕かれていった。ゼルンバス側が実質的に捕虜に対して行ったのは、下剤を一服盛っただけなのにもかかわらず、だ。。
しかし、捕虜たちは嘘を言う気力すらも奪われ、従順になり、抵抗の意志を示す仲間を密告するまでになっていった。
そこへ、巧妙に仕事を与え、褒め、自尊心の再醸成を行ってやる。
30日後、彼らは、自分たちがいた艦隊を攻撃する兵器を、嬉々として作るようになっていた。
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その頃……。
総統府の会議室では、艦隊を壊滅させた総作戦司令ダコールへの査問委員会が開かれていた。
もちろん、副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートも同席している。
もっとも、バンレート自身も査問対象になっているのだが。
この査問委員会の結果次第で、軍法会議に移行することにもなるし、お咎めなしになるかもしれない。ただ、お咎めなしになったとしても、方面軍総作戦司令の任を解かれることは間違いない。
いくら過去に実績があったとしても、ここまでの敗北をしてしまえば、軍人としてあまりに験が悪いのである。善悪や責任だけの問題ではない。
問題は極めて単純である。負ける司令には、部下がついていかないのだ。
このあたり、官僚主義に陥っていたとしても、軍が軍たる由縁である。戦場で賭けられるのは、結局は自分の命以外の何ものでもないのだ。
それだけではない。ダコールには人質の問題もある。
部下を守れなかったのではないかという疑いを晴らさねば、ますます人が付いてこない。
今回、人質になった者たちは不運だった。
総統の誕生日を、国として祝ったばかりなのだ。
ダコール自身が、すぐに再出撃艦隊の編成と指揮を執れるはずがない。かといって、他の方面軍もそれぞれの戦闘区域にいて後戻りができない。比較的余裕があった方面軍艦隊も、総統の誕生日でパレード要員として母星に戻ったことから、敵に余裕を与える結果となっていた。
さらに長期間、担当戦闘宙域を空にできるはずがない。
とはいえ、高級軍人同士、査問は攻撃的ではなかった。
お互いに、明日は我が身と思っているはずなのだ。
「提出された全記録は、査問委員全員が目を通している。
ダコール司令の作戦立案に、当査問委員会は確たる不備を見つけられなかった。また、極めて異常な事象が起きていたことも認識している」
真っ先に肯定的な言葉が査問委員会委員長から漏れたことで、ダコールは却って警戒していた。
落としてから上げるより、上げてから落とされる方が痛い。
物理的にもそうだろうが、このような場での査問対象への扱いでも同じである。
ひょっとして、攻撃的ではない口調は確たる不備の有無ではなく、そもそもダコールに反論させないためなのかもしれない。
「ただし、その上で、現場の状況を確認したい。
バンレート副司令。
君は、ダコール司令の指揮に疑問を感じることはなかったのかね?
証人として、厳正に答えて欲しい」
バンレートは、この質問を予期していた。必ず聞かれると、確信すらしていたのだ。
「疑問を感じたことがなかったかと聞かれれば、肯定せざるをえません。
1人の軍人として、己ならどうするかを考えていない者などいないでしょう」
ここまでバンレートが言ったところで、査問委員たちの間からざわめきが漏れた。
「ダコール総作戦司令の立案は、小官からしてみれば、消極的とは言わないまでも、臆病に近いまでの慎重さが見られます。
思い返せば、小官なら焦れて攻撃に掛かっていた、と思う場面がいくつもあります。
これは、委員の方々も感じられていたのではないでしょうか?
ただ、これによってダコール総作戦司令は、無敗を誇りました。
麾下に入って後、小官は敗北の経験をしておりません。
結果的にこの慎重さが無駄になることもありましたが、有効だったことの方が遥かに多く、神ならぬ身では、この無駄をなくすことはできません。それどころか、その無駄がまったくないとしたら、敵との内通を疑うべきかと思います」
バンレートは、ここで言葉を切った。
「バンレート副司令。
その言い方だと、君が作戦立案し、指揮を執ったら負けていたというのかね?」
これは厳しい問いである。
肯定すれば、自ら自分の出世の道を閉ざすに等しい。
だが、バンレートは、その質問に肯定を返した。
「そう言わざるをえません。
今回の敵に対し、最初から殲滅を目的としなかったら、誰が指揮を執っても負けていたでしょう。
また、ダコール司令の元だったからこそ、小官もここで証言できていると考えます。そうでなかったら、生きて帰れなかった。報告したとおり、数秒のタイミングの差で殺されたか捕虜にされていました。
生身の敵が空間跳躍して艦内に現れ、撤収していくなど、委員の方たちでさえ想定したことはないはずです。
そんな方法は、我が軍、いや、我が母星の科学体系にはない」
査問の場は、そこで静まり返った。
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あとがき
責任は問われるのです。当然のことながら。
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