第114話 捕虜(過激な表現があります。お食事中注意)


 王は、大将軍フィリベールにも指示を飛ばす。

「大将軍にはまず、大型魔素笛ピーシュができたときの運用について検討を頼みたい。

 次に、軍として捕虜の群れの管理を頼みたい。1人、2人なら殺してもやむをえまい。

 そして、下剤を盛ったことで動揺させ、魔法省と共に、すべてその心を奪え」

「御意」


「そして、最後にフォスティーヌよ。

 捕虜の内心に入り込み、すべての知識を吐き出させるにあたり、アメとムチのムチが必要なら、いつでも将軍府に頼るが良い。まずは、お膳立てはできている。

 そして、大型魔素笛ピーシュの召喚・派遣を不可能とする魔法技術を考えよ。欲を言えば、こちらに召喚できる裏技があれば望ましいが、それには固執するな。

 つぎに、大型魔素笛ピーシュ作製にあたり、からくり師に問うは当然のこととして、魔法技術以外の技については捕虜にも問うと良いのではないか?

 魔素に依らずに物を作ることには、秀でていること、間違いない」

「御意」


 フォスティーヌの返答に、王はさらに続ける

「作る手間、改良する手間もいるであろう。

 急ぎ、検討せよ」

「かしこまりました」

 フォスティーヌは一礼し、他の臣下6人もそれに倣った。



 − − − − − − − − − − − − − − − −


「お前、どうした?

 なんで、そんな脂汗かいているんだ?」

「そういうお前も、顔色悪いぞ」

 石造りの部屋に閉じ込められた男たちは、互いに顔を見合わせる。


 通常、捕虜を取ったら、脱走の相談や尋問に対する口裏合わせなどさせないように、個別に拘束するのがセオリーである。なのに、この部屋に閉じ込められてはいるが、全員揃っているし、身体も拘束されていない。


「トイレ行きたい」

「……お前もか。

 だが、ここにはないぞ、そんなもん」

 ざわざわと、切羽詰まった会話が交わされる。


「おい、俺はボニファーツ。船務科航海員の中尉だ。

 だれか、佐官はいませんか?」

「砲雷科運用長、カスパール少佐だ。私より上はいるか?」

「……」

「では、私が指揮を執る。

 皆の状況はわかる」

 そう話すカスパール少佐の顔は紙のように白く、脂汗にまみれている。そして、その顔を見る全員の目は、ぎらぎら殺気立っている。


「おそらくは、ここにも看守役はいるだろう。

 みんなで騒げば、顔を出すはずだ。そうしたら、トイレに……」

「ちょっとお待ちください」

「なんだ、ボニファーツ中尉」

 問われたボニファーツ中尉は、手を握りしめながら答える。


「この状況は、我々を拘束した敵に一服盛られたとしか思えません。

 ですが……。

 捕えた捕虜に、いきなり下剤など盛るはずがない。もっと深刻な薬剤のはずです。

 たとえば、トイレで出るのは溶けた内臓とか……」

 声にならない悲鳴が湧いた。

 何人かは尻に手を当て、苦悶の表情になっている。


「皆で耐えるだけ耐えている間に、腹痛がマシな者で突入班を作り、解毒剤を入手できれば助かるかも知れません。

 ですが、トイレで内蔵を噴出させてしまったら、もう……」

「それを言ったら、我々を捕虜にとらず、すぐに殺せば済むのではないか?

 わざわざここまで連れてきて……」

「仲間の苦悶死を目に焼き付けた、最後に残った10人は、さぞや敵に対して従順になると思いませんか?」

「……くっ」

 全員が必死で頭を巡らせる。


 だが、この状態で冷静に考えることなど不可能だ。

 誰もがせわしなく視線をあちこちに彷徨わせ、絶望の表情になる。


「すまん。

 もう、死んでもいい。せめて部屋の隅で……」

「よせっ!」

 だが、止める者の手はわなわなと震え、軍服の襟ぐりは脂汗の染みが黒く広がっている。


 そうこうしている間に、目の焦点を失った男からなにかが破裂するような音が響き、すべての尊厳を奪われ弛緩した顔に空疎な笑いが浮かんだ。

 それを見た別の者も続く。


 手を震わせながらも、ズボンを脱げたものは幸運だった。大抵の者は、その余裕すらなかったのだ。

 絶望が彼らを覆い尽くした。

 軍人としての誇りどころか、人としての誇りが失われたのだ。

 なぜか半笑いとなって互いの顔を見合わせ、そのまま目を伏せる。佐官であろうが、下士官であろうが関係ない。

 こうなると、「全員が揃っていてよかった」という当初の安堵は裏返る。「同僚にはこの姿を見られたくなかった」という思いの方が勝るのだ。


「せめて、水が欲しい」

「捕虜として、正当な扱いをして欲しかったなぁ」

「……」

「敵は、なにをしたいんだ?」

 極限まで耐えた彼らは、立っていることもできないほど疲れていた。かといって、尻を下に座ることもできない。床はいたるところで汚れ、悪臭を放っていた。



「なにをしたいかだと?」

 全員の耳に、落雷のようにその声が響いた。

「いいざまではないか」

 そう言い放った後の哄笑は、捕虜になった全員の胸に鋭い痛みを与えた。


「……こ、ここまでのことをしなくてもいいではないか?」

「なにを言うか。

 生きながら焼き尽くされた、我が星に暮らす者たちに比べたら、恥を覚えられるだけどれほど幸せなことか」

 その言葉は、捕虜たちの反論の言葉を奪った。


「こんな目に合うなら、死んだほうがマシだ!」

 ついにそう叫んだのは、ボニファーツ中尉である。

 このままではここにいる者たちすべての心が崩壊し、軍人としての秩序どころか人としての道徳すら失われてしまう。

 そう思っての反抗だったのだが……。


「そうか。

 では、今叫んだ者よ、一歩前へ出るがいい」

 そう言われて、ボニファーツ中尉の顔色は再び蒼白になった。

 カスパール少佐と目が合い、「行くな」と口の動きで伝えられる。

 だが、ボニファーツ中尉は一歩前に踏み出した。


 恐怖の中で、ボニファーツ中尉は思う。

「責任を取ろう。自分が余計なことを言わなければ、もう少し秩序だった……」と、そこまで考え、「秩序だった、部屋の隅での排泄ができたとでも言うのだろうか?」と思い至り……。

 ボニファーツ中尉は笑いだしながら、その場に崩れ落ちて死んだ。

 顔に至るまで、排泄物まみれだった。



 その後彼らは行水を与えられ、身体はきれいになったが、折れた心が戻ることはなかった。



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あとがき

そして、行水を与えてくれた敵に感謝していたりするのです……。

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