第113話 他国の民への恩恵


 ラウルは自ら説明せず、フォスティーヌを目で促した。

「いざとなれば大型魔素笛ピーシュそのものを、こちらの管理の魔術師によってゼルンバスの魔法省の魔素の吸集・反射炉に派遣送付してしまえ、と。

 大型魔素笛ピーシュ設置のための各国の船も、機会を見てそっくり頂いてしまえ、と」

 ラウルに代わってフォスティーヌがそう口にすると、玉座の間は静まり返った。


 さらにフォスティーヌの声が響く。

「先ほどのラウル殿の言、繰り返しましょう。

 大型魔素笛ピーシュは魔素を多く使うものゆえに、魔素の吸集・反射炉そのものに設置せねばならぬ、と。

 つまり、魔素の吸集・反射炉の中にある物は、あまりに当たり前のことではありまするが、こちら側から召喚するだけでなく、派遣さえも思うがまま。ゼルンバスから召喚せずとも、現地からの派遣という形でゼルンバスの魔法省の魔素の吸集・反射炉でもどこへでも送り込めるのです。

 こちらから召喚すれば角も立ちましょうが、例えばアニバールの魔術師がゼルンバスへ派遣したとなれば、見え見えのこととしてもゼルンバスは知らぬ存ぜぬで言い逃れることもできましょう」

 それを聞いた王は、天を仰いでいる。


 フォスティーヌは続ける。

「さらに、でございますが、大型魔素笛ピーシュの重量は相当のものと言わざるをえませぬ。

 また、カリーズの地のからくり師、職人では不十分なものしかできぬでしょう。それはカリーズの王ですら認めることかと。

 となると、ゼルンバスから部材を運ばざるを得ず、数少ない船はすべてゼルンバスで借り上げ契約を結ぶこととなりましょう。

 そして、一旦契約を結んだとなれば、大型魔素笛ピーシュの部材を運ばぬときは、ゼルンバスの貿易に転用するのはこちらの自由。海上貿易の死命を制すは、こちらの意志。また、契約期間が過ぎたら自動延長するように契約書面に細工をすることも、王宮書記官であれば簡単なことかと」

 

「それでは総取りではないか。

 なんと悪辣で、なんと素晴らしき案か」

 これは、先ほどラウルの言に異を唱えた大臣ヴァレールである。掌を返したかのように、ラウルに満面の笑みを向ける。


 だが、対称的に王の顔は晴れない。

「ちとこれは、あからさまがすぎるな。

 悪辣なのは良いが、一歩間違うと墓穴を掘るぞ。

 同じことを他国が考えれば、大型魔素笛ピーシュが、例えばコリタスに現れても余は驚かん。

 また船も、数多くあるうちの7割を押さえるなら良い案だが、数少ないもののすべてを押さえるは確実に恨みを買うぞ。

 言っておくが、他国の王の恨みを買うは構わん。だが、他国の民の恨みを買うは、自らの首を先々絞めることになろう」

「御意」

 と、こう応えたのはフォスティーヌであるが、マリエットの声も重なっていた。さらに、司法省の長、ルイゾンも首を縦に振っている。


「他国から魔素笛ピーシュを一定割合で供出させるのと、カリーズに大型魔素笛ピーシュを置くという案自体は、良き案であろう。

 案自体は実行に移すことにしたいが、その先は叩き台だな。大型魔素笛ピーシュにどのような仕掛けをしておくか、だ。はたまた、船の借り上げについては、他国の民から感謝される仕掛けを組まねばならぬ」

 王の言葉に、ラウルは目礼で返した。


 ラウルもそう言われてみれば、王の判断が一貫しているのに気が付かざるをえない。

 セビエの民が天の大岩の攻撃を受けたときは、魔素を融通した。アニバールの王族を鏖殺みなごろしにしたときも、アニバールの民には恩恵を下賜したのである。


 王は今まで、他国の民の恨みを買う策を採ったことはない。

 むしろ、そこの王よりも多大な恩を与えている。

 それが、他国を征服することなのだと知り尽くしているのだ。そして、それができなければ、征服とはそこに住む民の鏖殺みなごろしと同義になってしまう。


 とはいえ、ラウルの案が否定されたわけではない。

 結果としてであれば、ラウルの案の形になるのが好ましいということは動かないのだ。

 まして、各国の軍で保有している魔素笛ピーシュの総数は減らすべきという意見には、王は我が意を得たりという思いを抱いているのである。

 

「となりますと、まずは大型魔素笛ピーシュを作る準備を進めると同時に、カリーズに設置後に他国に盗られないための細工の仕込み、さらには、船の借り上げののちに、他国の民へのある程度の、そして効率的な恩恵の下賜ということになりましょうか」

 大将軍フィリベールがそうまとめた。


 王は頷き、言葉を続けた。

「そうだな。

 まずはラウル。その方は、魔素笛ピーシュを他国から一定割合で供出させる文面を考えよ。そのために、率先して我が国の魔素笛ピーシュを差し出してみせよ。どうせ、大型魔素笛ピーシュは我が国内で作るのだ。その実数は漏れることはないのだから、書類上、大盤振る舞いしてみせるがよい。

 それから、すでにカリーズから送り込まれている人質につき、その価値を上げる方法を考えよ。たしか、男の子だったはず。ゼルんバス貴族の姫をあてがうもよし、なにか紐をつけてから次期カリーズ王に推すもよし、手を打て。

 交易手段を失いしカリーズが、『魔素の吸集・反射炉を作ってやる』というこちらに対し、みずから牙を剥くとは思えぬ。だが、何重にも安全策は取っておくものよ」

「御意」


「次に内務省の長、マリエット。

 限られた数の船舶を利用することで、カリーズ、コリタスの民が恩義を感じるような、未来さきへの布石となるような策を考えておけ。

 おそらくは、残された船による運賃は高騰する。それを叩くがまずは付け目となろう。船主共の横暴を制し、その上でさらなる横暴を防ぐためにこのような制度を作った、というのが一番受け入れられやすかろう。

 なので、少しの間、船主共を泳がすがよかろうな」

「御意」


「さらに、財務省の長、パトリス。

 この際だから、船輸送の増税を考えろ。

 逆に、造船に関わる税は減らせ。船が増えるに従い、従来の選択的に税率に戻せばよい」

「御意」

 王の指示はさらに続く。



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あとがき

まずは増税して見せ、選んだ交易には減税することで産業を握るのです。

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