第112話 大型魔素笛


 結局のところ、魔術師の数の少なさも問題だが、魔術の元となる魔素を扱うのに金が必要というのが、また大きなネックとなっている。

 魔素を貯めるのにも金、魔素を媒介する物を作ろうとすれば金、すべては金がなければ始まらぬ。魔素は太陽から降りそそぐものを集めれば得られるが、金ばかりはそうもいかないのだ。


 なのに、川砂利からパンニングで砂金を選び出すのも、山から掘り出すのも古来から続いており、新たな供給源の発見はあまりに見込みが薄い。

 王としては、どこかに錬金の術でもないかと、相手が詐欺師であってもすがりつきたくなる思いである。


「いっそ、兵たちの持つ魔素笛ピーシュをすべて回収し、そこに使われている金を回収するしかないのではないか。

 天からの敵との戦いが終われば、再び魔素笛ピーシュを作り直せばよい」

 その王の呻きに、大将軍フィリベールは反対の意を唱えられないでいる。



 魔素笛ピーシュは、近隣諸国とのパワーバランスを保つのに必要不可欠な武器だ。

 小さなキャップに貯めた魔素により、5回分ほど魔法を。撃ち出す魔素の指向性を高めるための尖った金の棒が付いているが、この中には鉄芯が入っていて、いくらかはこれも手槍にして戦うこともできる。

 もちろん撃ち出すものが弾丸ではなく、高度に魔術が応用されているものだから、撃った者の意思に従って進み、外れることはない。あまつさえ、障害の向こう側にいる敵すら撃てる。


 ただ、5回分ほどの量と言っても、魔素の吸集・反射炉に設置されたキャップとは規模が違う。かたや国家として天候すら変えうる魔術の元となるほどの魔素を溜め込めるのに対し、魔素笛ピーシュ用のキャップは治癒魔法ヒーリング5回分に満たない。


 理由は簡単なことで、携帯を可能とした対人兵器だからだ。

 キャップの材料は金である。重量があるのだ。小型化しなければ携帯して戦えぬ。

 その一方で、人の身体は治すより壊す方が簡単で、柔らかい脳を軽く圧してやるだけで死ぬ。肺の中で、火を燃やすだけでも死ぬのだ。


 飛竜旅団の精鋭と100の魔素笛ピーシュがあれば、500人を一瞬で殺せる。小型キャップは交換可能だし、全員が換えを1つは持っているから1000人だ。

 この抑止力はあまりに大きい。


 だが、これでは天からの敵とは戦えぬのだ。敵の乗る金属の箱を、物理的に破壊するには威力がなさすぎるし、そもそも届かない。魔術師ですらない者が、撃たれた魔素を制御し続けられるはずもない。通常、50人分の身長の距離ほどで魔素は拡散し、魔術効果を出せなくなるのだ。

 

 魔素笛ピーシュとはこのようなものなので、天からの敵を攻撃するための専用の大型魔素笛ピーシュを作っても、敵となった国自体を滅ぼせても、小回りが利かなすぎて兵同士の戦いに使えぬ。

 また、これほどの規模となると専属の魔術師、専用のキャップが必要となるし、専用の魔素の吸集・反射炉すら必要となるかもしれない。


 こうなると、必ずしも近隣国への抑止力にはならなくなってしまう。

 大型魔素笛ピーシュ自体が狙われてしまうし、破壊されたら一気に攻め込まれて終わりだ。

 だから、大将軍フィリベールとしては反対なのだが、王の苦悩を一番わかっているのもフィリベールなのだ。

 賛成はできぬが、無下にもできぬ。



「容喙、許されたく」

 そこへ、外務省の長のラウルが口を挟んだ。

「許す」

 ラウルは、王の許しに一礼する。


「まずは1つ目でございますが……。

 各国の軍で保有している魔素笛ピーシュ、この数は減らすべきかと。

 来たる統一王朝を考えれば、この星全体での魔素笛ピーシュの数は内乱の原因となるほどに多すぎかと。

 そして、天からの敵に対する大型魔素笛ピーシュの製造は、良き口実かと。これにより各国に、魔素笛ピーシュの供出を命じ、我が国だけその数を減らさぬことができ申します」

「ふむ」

 王は、右手で顎の下を撫でる。ラウルの案を前向きに考えているのだ。


「その上で、2つ目でございますが、大型魔素笛ピーシュの設置場所は、カリーズが良かろうかと。これにより、各国すべてが魔素笛ピーシュの供出を断れなくなり申します」

「……なんと」

 王は呟いた。


 それはそうである。

 ゼルンバスが供出を命じ、ゼルンバスがそれを使ってゼルンバスに兵器を作るのであれば、各国の王に疑心暗鬼に囚われるなと言う方が無理であろう。

 だが、他国に作るのであれば、問題はない。だが、それは将来的にゼルンバスの国難に繋がりかねないではないか。


 その王の心配を他所に、ラウルはとくとくと続ける。

「王は、カリーズに対し、魔素の吸集・反射炉の設置を約束なさいました。今こそ、大型魔素笛ピーシュの魔素源として、それを果たすのです」

「いくらなんでも、それは……」

 さすがに、大臣ヴァレールが異を唱えた。


 無理もない。

 国庫とて無限ではないし、特に今は苦しいときだ。津波による被害も大きかった。さらに、王の魔素の吸集・反射炉の設置の約束は、天からの敵を撃退した後のことのはずである。

 現実的に考えても難しいのである。


「最後までお聞きくださいませ」

 ラウルは、ヴァレールの反対に被せるように言い放った。

 語気が強い。さすがにざわめいていた玉座の間が静まりかえった。


 ラウルは説明を続ける。

「大型魔素笛ピーシュは、その性質上、各国の魔術師の共同管理とするが望ましいかと。設置工事には、各国から生き残りの船を出して貰う必要もありましょう。

 また、大型魔素笛ピーシュとは、魔素を多く使うものと推察いたします。

 ゆえに、魔素の吸集・反射炉そのものに設置せねばならぬ、と。

 となれば……」

 ここで、ラウルはにやりと笑った。


 その意を推察し得たのは、驚愕の表情を浮かべたフォスティーヌのみである。

 協調を重んじ、弱腰ですらあったラウルが、ここまでのことを考えるとはと、フォスティーヌの驚きは二重のものである。


 だが、王ですら、そもそものラウルの案がわかっていない。

「どういうことか?」

 と聞いたのも無理はなかった。



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あとがき

笛、ピーシュは、ピストルの語源となった武器に因んでおります……。

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