第111話 またもや金


「人質、拘束終わりました」

「よろしい。

 水と食い物は忘れずやっておけ。

 ただし、水と食い物には下剤を仕込んでおけ。異種族に効くかどうかはわからないがな」

 ゼルンバス王の指示に、飛竜旅団の副団長は深々と礼をした。

 いつもであれば、直々の謁見などそうそうない雲の上の存在だからだ。


 いつもであれば、団長が大将軍フィリベールに連れられて報告するのが常であるが、今回はそういうわけにも行かない。

 今、団長は治癒魔法ヒーリングを掛けられた上で休んでいる。天からの敵の乗り物に魔術によって派遣され、任務を果たし、宇宙の真空に放り出されたのに耐えて戻ってきたばかりなのだ。


「1つだけお聞きしたいのですが……」

「なにか?」

「下剤の意味をお教え願えると……」

「団長に聞け。

 団長ならわかる。だから団長なのだ」

「はっ!」

 副団長は平身低頭で、玉座の間を離れた。その顔色は蒼白だった。王の言葉は、「お前は団長の器ではない」と言ったに等しい。

 王は厳しいと、団長から聞いてはいたが、ここまでとは思っていなかったのだ。


 ただ、副団長にも聞いた理由がある。

 治療は治癒魔法ヒーリングで行うものだ。よって、医学、薬学が未発達な中、下剤とは傷んだ食べ物ということになりかねない。それゆえに、水に下剤を混ぜるのは、極めてハードルが高い。

 捕虜に対する嫌がらせが目的であれば露骨に混ぜてやってもいいが、そうでないなら、対応に苦慮する。ゆえに、副団長は確認を取ったのだ。


「当たられて、ちと可哀想ですな」

 大将軍フィリベールの声に、王は鼻を鳴らしてその意見を退けた。それでも、手をひらひらと振ったのは、「良きにはからえ」の意である。フィリベールは、あとで副団長を慰めることになるだろう。


 王の機嫌は決して良くなかった。

 なぜなら、完全な勝利と思っていたのに、天からの敵の撃った砲が海に当たり、津波が発生して甚大な被害が出たからだ。

 ゼルンバスの南、海に面した街は深刻な被害を受け、大量輸送に使うための船も大部分が失われた。

 西のコリタス、海を挟んだ南のカリーズの港街も同等の被害を受けている。


 魔法はさまざまな物を召喚し、派遣できる。だが、決して大量輸送には向いていない。

 とはいえ、魔法により船の帆に順風が送れるので、船舶輸送自体の効率は極めて高い。なので、ここで多くの船が失われたのは、経済への大打撃であった。


 何気なく視線を下げたクロヴィスが運良く津波を発見し、すぐに警報を発したものの、逃げられた者の数はそう多くはない。

 津波に巻き込まれながらも助かった者を足しても、生き延びた者は全体の半数以下である。多くの者が流され、死んだか、今なお行方不明である。


 天眼通の術の魔術師たちが、全員空を見ていて発見が遅れたからというのもあるが、津波に対して魔術はあまりに無力だった。

 召喚、派遣で対応しようにも、その水量が膨大すぎる。単発で岩など送り込んでも、防波堤にもならない。というより、そもそもどこの国でも、すでに魔素が枯渇していた。

 通常なら行われる治癒魔法ヒーリングによる救護や、行方不明者を捜すための天眼通の術の魔術師の派遣でさえも、今回は魔素不足と戦時ということで動きがとれない。


 この事態に対し、王は無力感に苛まされていた。

 最小限の犠牲で敵を撃退した。

 そう思えた矢先の失望である。より、その失望が深くなるのは仕方がない。


 同時にこれは、魔術師という人的リソースの少なさという、王国側の弱点を露わにした事態でもあった。飛竜旅団の精鋭100と翼竜ワイバーン100、それを一刻も早く連れ戻すために、すべての国のすべての魔術師たちが掛かりきりになってしまったのだ。

 そもそも、もう1つ魔術師たちの団があれば、敵の砲弾を逸らせることだってできたかも知れないのだ。


 それでも、あえて1つだけ良い点を探し出すとすれば、敵が使った兵器の威力がわかったことだろうか。

 前回の攻撃のときは、その弾の進行方向を変え、人跡未踏の地に誘導したがゆえに、その威力の評価がきちんとされていなかった。これは反省せねばならぬことである。


 あのゲレオンという使者がうそぶいてみせたことは、すべて真実だったのだ。

 曰く……。

・より遥かに遠いところから、星全体を破壊する火箭を撃つことができる。

・1発で地表の生物だけを破壊し、皆殺しにできる爆弾もある。

・砲1発で、都市はまるごと壊滅させられる。

・大型砲であれば、山脈1つ吹っ飛ばす。

・さらに標準的な強い威力の砲弾であれば、1発で月を蒸発させる。

 である。


 その偽りなき凄まじさを、改めて思い知らされたのだ。

 これに比べたら、魔術の威力など、児戯に等しい。

 苦し紛れに撃たれただけで、これなのだ。次から敵が容赦なくその兵器を使ったら、敗北は、いや、この惑星の破滅は火を見るより明らかである。


 ひょっとしたら、と思っていたからこそ人質を取った。

 だが、敵の攻撃兵器の容赦なさから思うに、100に満たぬ人質など、おそらくは見殺しにされて終わりであろう。この辺り、王に楽観的要素はまったくなかった。


 こうなると、人質の利用価値は変わる。

 人質の心を盗み、持てる科学技術とやらの洗いざらいを吐き出させるしかない。下剤を盛るのは、そのための下準備である。

 ただ、幸いなことに、少々の時間的余裕だけはあるのではないだろうか。


「魔法省フォスティーヌ。

 聞いておきたいことがある。

 魔素笛ピーシュを大型化し、対人武器から兵器に持っていくことはできぬか?」

 王の問いに、さすがのフォスティーヌの表情が固まった。


「率直に申し上げますが、即答致しかねます。

 魔法省の長として、可能性がないとは申しませぬが、ことは魔術だけのことに非ず。

 魔素笛ピーシュを大型化するとなれば、まずはそれを作ることに問題がないか問わねばならず。まずは王都のからくり師は、首を横に振ることはなかろうかと思いまする。

 しかし、内務省マリエット殿、財務省パトリス殿。

 今、それだけの金の手当は可能なりや?」

 フォスティーヌの返答に、マリエットとパトリスは絶句し、王は右手を顎の下にやった。あまりの難問に、考え込んだのである。



---------------------------------------------------------------------------------------------------------------


あとがき

魔法の呪物は黄金がないと作れない……。

レアメタルのゲットはあまりに大変ですもんね……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る