第108話 損害報告
「乗組員が生き残っている艦は4。
どの艦も、艦体自体はほぼ無傷です」
「小型艦、中型艦は1つ残らず……。
規模の大きな艦のみに生存者がいますが、隔壁区画が多かったからのようです」
士官たちの報告を聞きながら、ダコールは半ば呆然としていた。
艦隊規模からして、これは壊滅どころか殲滅である。
今まで母星の戦史上、1例もなかったことだ。
高度な文明の産物である恒星間艦隊が、軍の組織としてバックアップを得ていての行動なのだから、あるわけがない。敵が高度な文明を持っていれば尚のことだ。一当てして敵の力を察したら、殲滅前に逃げるという選択を採るのが当たり前なのだから。
今回の殲滅は、歴史に残る。
当然、総作戦司令としてのダコールの名も、だ。
まったく喜ばしいことではないが、起きてしまったことは仕方ない。しかも、殲滅でありながら喪失艦数0というのは、異常にもほどがある。これもまた、戦史に残る
いや、あまりのことに、後世からは
そして、ダコールが打ちのめされていたのは、被害の大きさからだけではない。
その被害の質についての方が大きい。
敵は、前と同じように岩を対消滅炉に放り込んで、艦を破壊することもできた。だが、こちらの攻撃に対する応報として、そのままこちらの兵器を送り返してきた。ここに、敵の考え方が明確に示されている。
そもそも岩を対消滅炉に放り込んで、艦を破壊しても乗員は死ぬのである。それを、わざわざ人命だけに絞ったという意味では、応報を超えた不条理さがある。
こうなったら、次に編成された艦隊が、再びこの星の攻撃をしようとしても、命令拒否をする者が続出し、軍法会議を盾に無理に乗り込ませても心を病む者が続出するだろう。母星を遠く離れたところまで来ることができるのも、そこで戦えるのも、自分が乗っている艦を信用してこそである。
その艦が、今回は乗員をまったく守ってくれなかったのである。
敵を攻撃したら、その攻撃が生身の自分に返ってくるのだ。となれば、心情としては、死の宇宙空間に放り出されて徒手空拳で戦うに等しいし、攻撃すること自体への抵抗感も生まれてしまう。
今回生き残った者も、病む者が続出した。生き延びての最初の仕事が、同じ艦隊の戦友たちの惨たらしい死体を果てしなく片付けることだったのだ。もう艦隊の乗員として戦うことはできないだろう。
だからといって、そのまま無傷の艦内に放置もできないのが、命じるダコールにとっても辛いところである。
どれほどのハイテクがあっても、戦うのは結局人間である。
その人間の心に、果てしないダメージを与えたのが今回の敵の攻撃だった。
「旗艦レオノーラ被害状況、まとまりました」
副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレートの声に、ダコールは視線を上げる。
「随分と時間がかかったな」
「……聞いたら驚きますよ、悪い意味で」
「どういうことだ?」
さすがにダコールは訝しげな顔になる。
「まずは良い報告からです。
艦内設備、装備に異常はありません。医務室もまったくの無傷です」
「それはよかった。
航行に支障はないな」
「はい。
ですが、良い報告はこれで終わりです」
そう言われてダコールは、視線が落ちるのを意識して上げ続けた。
指揮官は、なにがあっても、部下と話しているときに視線を落としてはならないのだ。
「戦闘装備区画の人員は、全員死亡。
それも、艦内にいて斬り殺されるという、前代未聞の死因です」
ダコールは瞑目し、死者を心の中で弔った。
すでにモニターで見て知っていた事実ではあったが、改めて報告されると、いかほどの恐怖と苦痛を乗員は味わったか、想像を絶するものがある。
「次に、艦内行方不明者、84名。ゲレオン准教授も含んでいる数です」
「……それは、敵が退却時に連れ去ったということか?」
「そうとしか考えられません。
斬殺された乗員のDNAデータとの照合も済んでおりますが、明らかに拉致されております」
「人質に取られたか……」
「情報も、でしょうな」
「……ああ」
ダコールはそう答えながら、戦慄していた。
ゲレオン准教授は、極めて短期間で洗脳されてしまった。
となると、艦乗組員83名も同じ運命をたどるだろう。
83名の集団知は恐るべき物がある。こちらの情報は、政治体制から軍編成、科学技術から文学古典まですべて奪われたと思って良い。
これから敵は、従前の感覚を生かした技術に科学技術をも組み合わせて戦ってくるだろう。ますます手に負えなくなるのは間違いない。
「そもそもだが、ゲレオン准教授は艦底営倉に閉じ込めておいたのではなかったか?」
「その確認も行っております。
営倉に鍵は掛かったままでした。
自力でゲレオン准教授が営倉から出ることは、絶対に不可能です。
さらに、鍵が掛かったままとなると、外から助け出されたということもなかろうかと思います」
「となると、手がないではないか。
どうやって出て、敵の兵と合流したんだ?」
ダコールの問いに、バンレートはなにかを覚悟するかのように大きく息を吸ってから答えた。
「今回、敵は真空中でも見事に撤退してのけました。
艦内モニターで、次々と姿を消す映像が記録されています。
ゲレオン准教授も、同じように姿を消し、敵兵と一緒に現れたのでしょう」
「距離感がない連中だな。
そもそも、姿を消すとはどういうことだ?
どういう原理なんだ?」
この質問を予期していたからの、バンレートの覚悟だったのだろう。相当に問い詰められると思っているに違いない。
「まったくわかりません」
そう答えるバンレートは、まったく悪びれない。
つまり、母星の優秀な物理学者ですらわからないということなのだろう。
こうなればダコールも、バンレートの覚悟に反して無駄に問い詰めることはしなかった。
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あとがき
全滅なんてもんじゃないのです……。
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