第107話 完勝ならずとも
敵は武人ではない。
これが事実だとすると、敵に対する考えを変えねばならぬかもしれない。
また翻って、王国としての戦い方も考えねばならないかもしれない。
「強者1人に率いられた100の弱兵は、弱者1人に率いられた100の強者に勝る」という。
敵の将は武人かも知れぬ。だが、その末端はそうではない。
対してこちらは、逆である。
王は、統治者ではあっても武人ではない。だが、戦う者たちは武人である。
となると、問題は「統治者と武人を比べたら、戦いの場での強者と言えるのはどちらか?」ということだ。
ここまで突っ込んだ疑問が浮かぶと、強者とはなにか? 勝利とはなにか? まで考えないと結論が出せない。
こうなると、今、結論を出すのは難しい。だが、考えておくべきことだと王は密かに心に決めていた。
「人質83名、縛り上げて1箇所にまとめたとのこと。
至急、召喚を願いたいと飛竜旅団団長から連絡あり」
王は軽く頷く。
その意を受けて、すぐさま魔法省の魔素の吸集・反射炉で、呪文の詠唱が始まる。
「簡易魔素炉の設置、完了したとのこと。
さらに使者の案内で、敵が攻撃を撃ち出す部屋の者たちを
「各国の召喚せし毒が送り返され、敵の乗りし金属の箱の中は、続々と死に魅入られております。
全滅した箱も多々あり」
矢継ぎ早の戦果報告に、玉座の間で歓声が上がった。
さらに朗報が続く。
「王の『逃げられる者は逃げろ』という命令があったため、敵の火箭にて焼かれた街の死者数、先ほどの報告の元となった租税台帳の数より相当に少ない模様。およそ3分の1かと。
ただし、避難民への援助は必要かと」
またもや、歓声が湧く。
30万も殺されたという報告が、実数10万に減っていれば、これは間違いなく朗報と言ってよい。生きている者たちの生活は考えねばならぬが、失われた何倍もマシだ。
「喜ぶのはまだ早い。
コランタン伯と辺境伯モイーズに命じるゆえ、伝えるべし。生き残りし20万につき、身の振り方を考えよ、と。
モイーズ伯は、領土の再建に必要な人材ゆえ、大切に扱えと伝えよ。
コランタン伯には、モイーズ伯のみでは20万を食わせ続けられぬゆえ、 しばらくの間、援助を行なえと。替わりに、今、この上空を飛んでいる天からの敵のからくりを授けると伝えよ。
それから、敵の乗る金属の箱すべてに毒を送り込めるよう、魔術師は引き続き奮励せよ」
王の言葉に、玉座の間は静寂を取り戻した。
だが、そこに先ほどまでの絶望的な暗さや焦りはない。
「飛竜旅団より、敵の将の閉じ籠もる部屋を発見したとのこと。
人質にするか、処理するか、王の判断を仰ぎたいとのこと」
「アベルよ、飛竜旅団の動きから、敵の将を見ることができるか?」
「問題ありませぬ。
……部下に囲まれ、指揮を執っております。
どうやら、閉じこもりし部屋は、軍の指揮所のようにございますな」
「緊迫しております。
味方が次々と死んでいくのを止めようとしております。また、飛竜旅団の斬り込みに対しても、手を打とうとしております」
と、付け加えたのは天耳通の術のリゼットである。
「リゼット、まさかその方、敵の言葉がわかるのか?」
「わかりませぬ。
ですが、その語調の粗さ、使者が来たときの会話から推測される敵の言葉の単語のいくつかから、容易に推測できること。
聞き続ければ敵がよく使う単語から、話に対する可否ぐらいは理解できまする」
「……さすがよの。
では、敵の将、生け捕りにせよ。
言葉がわかれば、他心通の術にのみに頼る必要がなくなる。敵の将の利用価値は極めて高い」
「御意!」
さっそく飛竜旅団の団長に王の意志が伝えられた。
「敵の将を捕えるとは、我が方の大勝利ぞ」
「王は英雄王として、後世まで語り継がれよう」
「飛竜旅団の団長には、相当の褒賞を与えねばならぬな。大武勲じゃ」
玉座の間は、さらに沸き立った。
だが……。
アベルとクロヴィスの、蒼白になった悲鳴に近い声がその場を圧した。
「飛竜旅団、次から次へと倒れています」
「案内役のゲレオンも倒れました」
「
「飛竜旅団、耳と鼻より出血!」
「毒にはあらじ!」
交互に叫ぶのに、さらに天耳通の術のリゼットの声が加わった。
「敵の箱、自ら大穴を開けました。
箱の中の空気を失っております。箱の中、音を消失し、なにも聞こえぬのがその証し」
「すぐに飛竜旅団を召喚し、救え!
1人も失ってはならぬ。魔素を使い果たしたとしても、大至急!
ゲレオンも忘れるな!」
「御意!」
王の叫びに、すぐにフォスティーヌが応じた。
慌ただしく呪文が唱えられ、必死の召喚が始まったものの、送り込むのにきっちり整列してさえ3回を要した規模である。
敵の金属の箱の中のあちこちに点在する者の召喚は、30回以上の回数となった。当然、ゼルンバス以外の国の魔術師も召喚に協力したが、召喚後の治療まで含めると、予想外に魔素の大量消費を強いられた。
「我が王よ。
命令は果たしました。飛竜旅団、
ただし、まことに申し訳なき儀ながら、魔素が尽きました。これ以上の攻撃は……」
「よい。
その必要はない」
フォスティーヌの言いたいことを察し、王は赦した。
魔素を貯めたキャップが空になったら、あとはフォスティーヌを始めとする魔術師が体内の魔素を命を賭けて使うしかない。「これからの武功は、魔術師の生命との引き換えになる」というフォスティーヌの言外の意を王は察し、もう魔素を使う攻撃はしないと意思を表したのだ。
仕留めきれなかった敵は、また襲ってくるだろう。
だが、敵の乗る金属の箱の中に、簡易魔素炉を残して来れたのだ。次の戦いは比べ物にならないほど楽になる。今回は、勝ったが、勝ちきれなかった。そうであっても、大勝利に変わりはない。「ここで無理押しせず、引くこともやむなし」と、王は決断していた。
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あとがき
魔素がなくなると、戦えなくなってしまうのがつらい……
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