第106話 王の反撃
「天からの敵、ようやく侵攻を始めました」
アベルの報告の声には、安堵の色が濃い。
ここまで耐え忍び、犠牲を出し、それでも敵が近寄ってきてくれなければなにもできない。ゼルンバスの王がいくら意を凝らしても、それがこちらの限界なのだ。「このまま敵が近寄ってこないのでは」という一抹の不安を、口には出さずとも持たぬ者は誰もいなかっただろう。
「……ようやく、ようやく来たか。
新たに30万、合わせて110万の犠牲の恨み、全て返す時が。
まずは、あのゲレオンとかいった使者を開放するのだ。
次に、飛竜旅団の精鋭100を、使者のいた金属の箱に送り込め。そここそが、敵の将のいるところぞ。
そして、開放した使者に案内させ、まずは、殺せるだけ殺せ。敵の攻撃の中枢からぞ。ただし、
次に、どこぞ良きところに隠して簡易魔素炉を設置。
これができれば、月の廻る道以遠まで、我らの手が伸び広がる。大きな物の召喚、派遣は難しくとも、敵の知識は得られるようになる。
その後は、生きている者を可能な限り多く、人質として連れ帰れ」
「人質にするのと血祭りにあげるのとでは、どちらを優先いたしますか?」
これは、大将軍フィリベールの問いである。
飛竜旅団の団長に命令するにあたり、王の意志は明確に伝えねばならないからだ。
「最低でも50は連れ帰れ。だが、100以上はいらぬ。
あとは手加減はいらぬ。すべて斬り刻め。110万の恨み、存分に晴らしてきて欲しい」
「はっ。
他の金属の箱については、どうされまするか?」
「言うまでもない。
先ほど召喚せし敵の毒、それを送り返せ。逃げ場なき箱の中、さぞや効くであろう。
毒の数の方が、敵の乗った金属の箱より多かったはず。漏れなく片端から送り返し、カリーズの恨みを晴らせ。
他国において召喚せし毒も同じぞ。だが、間違っても飛竜旅団を送り込みし箱には送ることないよう、念を入れて申し入れよ。
各国で送り残した毒については、それぞれに究明し、次の戦いに備えるよう伝えい」
「御意」
すぐに、王の命令は実行に移された。
まずは魔素の吸集・反射炉の中心にゲレオン准教授が召喚された。
だが、その間は瞬きの間もなく、そのまま敵の乗る金属の箱に送り返された。
これで、敵の乗る金属の箱の一室に拘束されていた准教授は自由になった。拘束していた部屋のドアを召喚しても准教授は自由にはなるが、召喚の具体的な痕跡を物証として残さないためにこのような手を採ったのだ。
同時に、ゲレオン准教授と話した内務省の長マリエットが、簡易魔素炉の前に立ち、魔術師の助けを借りてゲレオン准教授の心に入り込む。
前回すでにフォスティーヌが、恐怖とともにそのためのルートを作り上げている。それを利用するのだが、今回はフォスティーヌが手を離せない状態なので、少しでもゲレオン准教授の為人を知っているマリエットにその任が任されたのだ。
つぎに、魔素の吸集・反射炉の中に、飛竜旅団の精鋭が
だが、さすがに精鋭である。魔素の吸集・反射炉の中心に
その後は、毒の派遣による送り返しである。
ゼルンバスの王命が各国に伝えられる際、敵の金属の箱に対する割り当てが行われていた。セビエは右奥から、コリタスは左奥からなどと決めることで、重複した派遣を行わないようにしたのである。
ゼルンバスでは、飛竜旅団を送る手間の分、毒の派遣は遅れる。それは予想されたことだったので、ゼルンバスの受け持ちは敵の中央からである。
ただ、ここに、ゼルンバスの王は決して口に出せない思案を持っていた。
ここまでの強力な毒は、他国には持たせたくない。自国で独占保管したいところではある。だが、今の状況でこれは不可能である。
その一方で、ここまで強力な毒は、国と国の諍いになったとしても、使いようがない。お互いに持っている以上、使えば報復として使い返される。こうなると、結局は威嚇としてしか使えぬ。
威嚇であれば、数が物を言う。
互いに報復しあって使っても、こちらの方にはさらに余りがあるという威嚇である。
飛竜旅団を派遣し送る手間の分、毒の派遣が遅れるのは大義である。だが同時にこれは、ゼルンバスが所有する毒の数を確保しうる次の時代に繋がる一手である。
ここまでを数瞬で判断したのは、生まれついてから権謀術数の中に身を置き続けた、王族の性がなせる技だったのだろう。
「飛竜旅団の精鋭100、敵の乗る箱内で戦果を上げております」
報告の声に、王は視線を上げる。
「敵の反撃は厳しくはないか?」
「まったくない、とのこと」
「どういうことだ?」
王の疑問に、大将軍フィリベールが答えた。
「こちらに来た使者を見て思ったのですが、敵の兵は武人ではありませぬ。
もっとこう、なにか違ったものを感じさせました。いくら名乗りが軍の人間ではなく、学院の者と申しておったとはいえ、あえて言えば王宮書記官のような……」
「……ふむ。
わからぬでもない。
飛竜旅団の者共であれば、その誇りである長剣を取り上げること叶わぬ。だが、あの敵の金属の箱に乗るということは、おのが務めを日々こなすことになろうという予測はつく。ならば、武人というより船乗りであろう。そうなれば、船内で長剣は不要であろうな」
「敵が剣ではなく、飛び道具に毒などという手段を使い続けるのも、このためかもしれませぬな」
「……ふむ」
王は再び考え込む。
これは極めて重要な発見であった。
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あとがき
いよいよ魔法王国、復讐のときがきたのです。
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